自動車に導入されるIT

<Automotive News 2004年10月18日号掲載記事>
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名古屋で開催された ITS 世界会議は、IT を自動車の世界に持ち込んだときのエンド・ユーザー側のうれしさを大いに見せてくれるものだった。しかし、自動車と IT の融合がもたらすうれしさの享受はエンド・ユーザーの特権事項ではなく、またその喜びの中身はテレマティクスだけではないことを Automotive News が二つの記事で示している。

これらの記事から読み取れるのは、自動車とITの融合は自動車業界側の人間、特に業界内では「出来て当たり前で出来なければ戦犯扱い」という割に合わない仕事に従事しているサービスプロバイダーにもうれしさをもたらすということである。(その結果として、自動車業界側の対応がより早く、より的確になり、エンド・ユーザーにとってのうれしさも生まれることになるが。)

これらサービスプロバイダーにもたらした嬉しさの中身(技術的進歩)は大きく分けて2つある。

第一に、テキスト・マイニング技術である。

米国の ClearForest 社や Attensity 社が開発したその技術の自動車業界にとってのうれしさは、製品の不具合の事実把握と原因分析を人間業では不可能なスピードと精度で処理して、早期に的確な対応策の実施を人間に促すことによって、自動車メーカーのワランティー・コストが劇的に低下することである。(もちろん、その結果、顧客満足やブランド価値の維持向上に貢献するという二次的な効果もある。)

自動車メーカーには製品の不具合に関する様々な文書情報が集まる。e メールによるものはもちろん、電話によるユーザー・クレームもコールセンターではそれがフォームに記入され、文書になる。ディーラーに修理や整備で持ち込まれた場合も、不具合や修理の場所や内容に関する情報がレセプショニスト、サービス・アドバイザーやメカニックの手で文書に置き換えられる。顧客満足度調査の回答も文書化される。事故に立ち会った警官からも情報が提供され、それが文書になる。

では集まった文書は従来どのように処理されてきたかといえば、メーカーのサービス部や品質保証部で一つ一つ人間の手で処理されてきた。実は複数の情報がある同じ不具合の発生事実を示唆する文書情報であったとしても、文書ごとに人ごとに書き方も受け止め方も異なるため、そこから不具合発生の事実を認め、原因を分析し、対応の必要性や方向性を推定することは非常に手間の掛かる作業であった。

実際に自動車メーカーで問題の発生からその対策完了までには平均して 220日を要するという AMR リサーチのアナリストのコメントを Automotive News は引用している。また、自動車メーカーが昨年費やしたワランティー・コストは 120 億ドル(約 12 兆 7 千億円)にのぼり、今年は 140 億ドル(14 兆 8千億円)に達する勢いだと言う。問題の発見が遅れれば遅れるほどワランティー・コストは膨らむのである。

テキスト・マイニング技術は、様々な文書情報の中から繰返し使用されるキーワードを発見し、問題の発生や原因、対策の必要性や方向性を推測し、人間に伝えるためのものである。もちろん、最終的には人間が判断し、決定することだが、そのために必要な作業を人間以上の処理能力で請け負うわけである。 もともとは、9 ・ 11 テロ以降、国家安全保障に関わる事態の発生を予知するために開発された技術で、それが民生転用されたものである。

今年自動車メーカーは合わせて 10 億ドル(1 兆 600 億円)をこの技術に投資すると見込まれているそうである。
不具合発生からその解決までに必要な期間が 220日と言えば、営業日ベースでは約 1年である。この技術(まだ完成度は微妙なようだが)が応用され、1 ヶ月(22 営業日)短縮できれば業界全体で 14 億ドル(1 兆 5 千億円)の費用削減が可能ということになる。グローバル・マーケットシェア 10% のメーカーであれば年間 1500 億円のコスト削減が見込まれることになり、費用対効果が分かりやすい IT ということができるだろう。

第二に、イメージ・スキャン技術である。

米国の Microvision 社が開発し、今年 1月の NADA (北米自動車ディーラー協会)の年次総会で発表されたその技術の自動車業界におけるうれしさは、ディーラーのサービス・ショップやボディー・ショップの生産性の劇的改善である。

ディーラーのバック・エンドでは、自動車の修理プロセスの中でメカニックが何度もパーツ・カタログをめくって交換に必要な部品を検索する作業が発生する。交換部品がエンジン・アッシーだけというならば話は簡単だが、多くの場合はその周辺のブラケットやファスナーだとか、リインフォースメントなどの交換も要する。熟練メカならばそれらの部品番号を全部記憶していることもあろうが、多くの若いメカニックは都度都度パーツ・カタログを検索しなければいけない。その間は、何の付加価値も生まず、生産性はゼロである。

Microvision 社が開発した技術は、「Nomad」という名前のヘッドギアの形をした通信端末付きのコンピュータ製品になっている。メカがこれを装着して修理個所に向かうと、図面が空中に浮かぶように(実際には網膜上に)投影され、必要な部品を見つけるとインターネットで結ばれたウェブ・パーツ・カタログ上で部品番号に辿り付くことができるようになっている。
あまりにも夢のような話で、信頼性はどうなのか気になるところだが、Automotive News によればホンダと Acura でテストを行なった後に普及した製品であり、実際米国のディーラーが次々に採用を始めているとのことである。

価格は約 4 千ドル(42 万円)と安くはないが、導入したディーラーでは生産性が 20% 向上したというコメントがある。
米国では一店舗あたり年間 1 万件程度の修理件数があり、修理一件あたり 300ドル(約 32 千円)の売上とその 45% 程度、即ち 135 万ドル(1.4 億円)の貢献利益が見込まれる。生産性が 20% 向上すれば、受入を年間 2 千件増やすことができるから、27 万ドル(29 百万円)の増益が期待されることになる。
ヘッドギアを 50台や 60台導入しても 1年で元が取れる計算である。

この二つの技術が自動車業界にもたらした成果は二つあるだろう。

一つは、自動車の世界において IT が(業界側にとって)お金になる分野があることを証明したことである。
自動車の IT といえば、テレマティクスの位置付けが多くの場合そうであるように、それ自体は必ずしも事業機会、収益機会というよりも、成熟社会における自動車への支出拡大や買い替えの動機付けのためのコスト・センターと見られることが多いと思う。実際には、その付加価値(うれしさ)分だけエンド・ユーザーが追加支出をすることはあまりない(多くのテレマティクス・サービスは無料か、あるいはコストに対して非常に格安で提供されている)。従って、自動車業界の側があれだけ苦労して開発したとっておきの代物にも拘わらず、なかなかそれ自体が儲かる構造にはなりにくい(買い替えが促進され、間接的に収益が維持・向上されるという効果を別にすると)。

ところが、今回取り上げた二つの技術では、IT それ自体が直接的にビジネス上の利益をもたらすことと、IT がビジネスとして成り立つことを示したという意味で画期的である。

今ひとつの成果は、新規参入が自動車業界に異文化の化学反応を起こし、それが業界の革新を生んで、業界に新たな成長機会をもたらす、という経験則がここでも実証されようとしていることで、筆者としては寧ろこちらに着目している。

日本車の環境性能の発展には、排ガス浄化用触媒担体を業界にもたらした日本ガイシのような素材メーカーの業界参入が欠かせなかったし、ナイルスはリップルウッドの傘下に入って成長を続けている。今日の日産自動車の再建は仏ルノーという異文化圏のビジネス・プラクティスの移入によるものであることは今更言うまでもない。買取チェーンという日本独自のビジネス・モデルを開発して日本の自動車流通を活性化したのはガリバーという名の当時は零細なベンチャー企業であった。

異業種、海外、もしくは異なる成長ステージや企業規模、いわばクロス・ボーダーからの新規参入が業界に異文化との出会いを生み、それが日本の自動車産業に当初は緊張や衝突を、やがては融合と革新をもたらし、更にそれが活力となって自動車業界・社会・市場全体が強く、大きく、元気に成長してきたという歴史がある。

IT も同じである。自動車産業社会に革新と成長をもたらしてくれるクロス・ボーダーからのエントリーの一つである。私たちはそうした業界エントリーをコンサルティングを通じて応援していきたいと思う。

<加藤 真一>