エンジニアのための経営学(2)

財務諸表や経営管理指標など経営陣の方々が気にされている数字や指標の意味合いをエンジニアや現場の方々の立場に立って分かりやすく意味付けをしてみようというコーナーです。

『第2回 経営者の視点で労働生産性を考える』
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トヨタ15百万円、日産16百万円、ホンダ21百万円、マツダ17百万円、富士重13百万円、スズキ16百万円、ダイハツ8百万円、7社平均16百万円。
これは各社の売上総利益を総従業員数で割った数字で、売上総利益=付加価値と置くと、付加価値生産性または労働生産性と呼ばれる数値になります。
要するに一人あたり年間いくらの付加価値を生み出しているかを意味する数字です。当然少ないインプットでアウトプットが多い方が競争力、成長力(人を増やせば価値が増えると推定されるので)は高いことになります。

こんな比較をすると、「他社に比べてウチの人間の能力が低いとでも言うつもりか」と怒られそうですが、そうではありません。経営学では人材資源も含めて事業活動にインプットされるすべての経営資源の質は基本的には同等と見て、アウトプットの量や効率に差があるとしたら、それは資源の配分と管理に関わる経営者の思想と実行度の違いによると考えます(却ってその方が失礼かもしれませんが)。

労働生産性はいろんな切り口で分析が可能ですが、今回は数字から見える経営者の自動化に関する考え方と、そのために導入した設備の利用効率という観点で見ることにします。というのも、エンジニアの方々の多くは効率と品質の高い最新設備導入を望まれていながら、なぜか経営陣にその思いが伝わらないということも多いと思いますので、経営陣に通りやすい設備投資の社内起案を書くための参考のために一度、経営者の視点でこれらを眺めてみてはどうかと思うからです。

労働生産性は、資本装備率x資本生産性という式に分解できます。さらに資本生産性は有形固定資産回転率x付加価値率と分解されるので、結果として、「労働生産性=資本装備率x有形固定資産回転率x付加価値率」と細分解されます。
「労働装備率」とは、従業員一人あたりの有形固定資産(土地、建物、機械装置など、要は設備)であり、いわば会社として省力化投資をどれだけ進めているかという指標で、ここではやや乱暴ですが「自動化率」と呼ぶことにします。
「有形固定資産回転率」とは、それらの設備の何倍の売上高を上げているかという設備の利用効率のことで、同様にここでは単純化の為に「設備利用度」と呼ぶことにします。
「付加価値率」とは売上高に対して何%の付加価値(単純化のためにここでは粗利としています)を上げているかというものですが、焦点を絞るために今回はここの議論は省略します。

冒頭の通り日産とスズキの「労働生産性」はほぼ同額ですが、そのプロセスは全く逆です。スズキの「自動化率」は12百万円と業界最小水準、一方の日産は業界1位の25百万円です。
逆に、「設備利用度」の方は、スズキが業界2位の5.0回、日産は業界最小の2.3回です。仕上がりの「労働生産性」では両社の数字は似たようなもの(正確には掛け算結果はスズキの方がやや高いものの日産の方が付加価値率がやや高いために最終結果はほぼ同等)になりますが、設備投資に関する経営的な思想としては逆だと思われます。
即ち、スズキの場合は自動化設備に過度に依存するのではなく人間系の処理を残す一方で、少ない設備をフル稼働させてバリューを最大化させるアプローチを取ってこられたのだと思われます。日産は設備のフル回転よりも自動化などへの設備投資を優先してきた経営方針が見て取れます。

ここで経営者の立場に立って今後労働生産性を一層高めるための設備投資面での課題を考えるとしたら次のような見方も可能ではないでしょうか。
スズキの場合は、さすがに業界平均の1.5倍以上ある「設備利用度」を今以上に高めることを現場に要求するのは難しいので、業界最小に近い「自動化率」を少し上げる提案には耳を傾けざるを得ないのではないか、という考え方が想定されます。
逆に日産の場合は、「自動化率」は既に業界平均の1.3倍近くまで高めておりこれ以上の省力化投資よりも業界最小の「設備利用度」を少し高めるような提案を現場には期待したいとお考えになってもおかしくありません。
因みに、それ以外の各社で言えば、トヨタとマツダは日産と同じ方向性、ホンダはスズキと同じ方向性、ダイハツと富士重工は両睨みになりますがどちらかといえば日産寄りの方向性ということができると思われます。
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<加藤 真一>