技術のブラックボックス化が国内の雇用を増やす?

◆特許に勝る「秘伝のタレ」
(三菱化学 記録型 DVD を安く大量生産する工程)
<2010年 11月 18日 日本経済新聞>

◆国内の雇用、どう守る? 基幹部品の生産、日本で
(コマツ 野路社長インタビュー記事)
<2010年 12月 31日 日本経済新聞>

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【日本のエレクトロニクス産業】

日本のエレクトロニクス産業の投資効果は低いと言われる。

原因の一つとして、”日本メーカーは投資の回収見込みがつく前に次の製品の開発・製造に着手せざるをえなくなってしまうからだ”という話を聞く。日本メーカーは国内市場で求められるハイレベルな特殊技術と自社ブランドにこだわりがあり、国内で勝ち抜くことに時間をかけているうちに十分な収益を上げる前に、新興国の技術が追いつき世界シェアを奪われてしまうとされる。

よく挙げられる典型例の一つが DVD だ。大半の DVD 関連の技術は日本勢によって生み出されたという。しかし、世界販売が上り調子になる過程で日本勢は国内市場ばかりに目が向いてしまい、気づくとグローバル市場は韓国や台湾、中国などの製品で溢れてしまった。日系企業は特許をもっているが、海外の山奥でつくられる製品までは掴み切れずロイヤリティもしっかり回収できなかったという。
     

【特許に勝る方策】

そんな中で上記記事(『特許に勝る「秘伝のタレ」』)にある三菱化学の例
は示唆に富む。

三菱化学の小林社長が「秘伝のタレ」と呼ぶ「AZO 色素」という材料の運用がポイントである。三菱化学は DVD の製造に必要なこの材料の特許取得だけにとどまらず、材料の価値を高めるために事業モデルまで工夫したという。AZO色素を使って DVD を安く大量に作る工程を開発し、その製造装置の採用を新興国企業に働きかけたとのことである。

三菱化学の商品である材料自体はブラックボックス化されているため、新興国メーカーも同社から買うほかないという。他の日系企業が開発したコントロールチップやデジタルサーボといった DVD 関連の基幹部品がどんどん新興国で半ば無秩序に作られていく中で、三菱化学は自前の技術を守り新興国の追い上げをうまくかわして利益を上げた、とのことである。
 

【建機産業におけるブラックボックス化】

一方、コマツの記事では、現在の同社の躍進の背景として、世界でつくる製品原価の約 3 割を占める日本製基幹部品の重要性が挙げられている。野路社長は「製品の品質を支える専門メーカーのほとんどが日本かドイツ。研究・開発でも日本が最適と自信を持って言える」とし、「デジタルカメラやプリンターもブラックボックス化した技術が1つあれば中国、韓国メーカーは手を出せない。油圧ショベルなら力を制御する油圧バルブだ。」とインタビューで語っている。
油圧技術が自動車業界でブラックボックス化の対象となるかどうかは別として、上記した三菱化学の記事と併せ、技術のブラックボックス化が強い経営基盤を築く上で重要であると教示されている点が興味深い。
 

【ブラックボックス化の運用】

電気自動車を始めとする次世代自動車の安全性、信頼性、快適性を高める技術が各社で開発されているが、こいった技術をブラックボックス化することは大変重要で、たとえコスト低減のために海外に製造進出したとしても組み立ての自動機は内製とし、根幹技術の開発は国内に維持する等の工夫が必要になろう。
更に言えば、基幹技術を如何に守るか、というテーマに加え、その技術でつくった製品を如何に多くの人により簡単に使ってもらえるか、そういった仕組もセットで提供できるか、がその技術の寿命(=投資回収期間の長さ)を左右するようにも思う。

たとえば、ブラックボックス化された製品を複数企業の製品間でお互いにインターフェースを共通化する等して、海外のユーザーが簡単に使える状態にしておく必要もあろう。こういった工夫を重ねることで、個々の製品単価が多少高くとも、客先側ではトータル・システムとして安く使用できるようになるかもしれない。真似するよりもその日本製品を使った方が安上がりで良いものが出来てしまう環境を提供する戦略が実現できれば理想だろう。
 

【ブラックボックス化が雇用を増やす?】

何よりこういった技術のブラックボックス化を進めれば、その中身を探るべく乃至はベース技術を享受すべく海外の自動車関連企業が開発部隊を国内に投入してくる可能性も広がる。外資の R & D 部隊が日本に進出してくることによって知的ファクターでの国内雇用が創出される可能性も考えられる。
世界各国からの日本への直接投資の実情は下記の通りで、対 GDP 比で 僅か0.51 %と他国に比べて大変少ない。

=== 海外からの直接投資の対GDP比率 ===

日本     : 0.51 %
シンガポール:19.55 %
米国     : 1.99 %
中国     : 4.27 %
ドイツ     : 1.70 %
英国     : 7.14 %
オランダ   :15.51 %

-出典:(財)国際貿易投資研究所 国際比較統計 2007年数値-
日本は政策面での支援が少ない上に、土地代や人件費が高く工場建設では外資を呼び込みにくい状況がこういった現実をもたらしているものと思う。しかし製造と違い設計・開発領域での投資要件はコスト以上にその国の技術環境が重要な検討要素となる場合もある。一旦、この領域で外資を呼び込むことができれば技術が技術を呼び、投資の連鎖を生む可能性も期待できる。
最近は産業スパイによる技術情報流出の問題もクローズアップされている。

“情報はタダ”という雰囲気が漂う国内にいると分かりにくいが、日本には価値のある情報が溢れている。今後世界の開発拠点を目指していくには、大企業だけではなく中小規模の企業も自分の強みとなる技術情報の管理を徹底する必要もあろうかと思う。
当然、新興国に進出した際の情報管理も注意が必要である。この面では、現地での技術開発はその市場に適合させるための Application Engineering に特化して、ブラックボックス化すべき基幹技術は本国に上手に残すやり方がドイツ等の欧米系企業で見受けられる。こういった方策から学ぶものがあるかも知れない。

出来るだけ多くのブラックボックス化した製品を作り出し、これを企業間で連携してパッケージやシステムとして新興国等の海外客先が使いやすいように提供する。こういった一連の開発を通してノウハウを蓄積し、国内に外資を呼び込むきっかけを掴めないものだろうか?電池やモーターの素材技術、パワー半導体や炭素繊維など優れた技術を使って国全体が活性化するような関係者の連携と戦略的アプローチを期待したい。

<櫻木 徹>