脇道ナビ (1)  『開発者の勝負』

自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。

【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカーを経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある。

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第1回 『開発者の勝負』

普段から私は「『生』や『現場』でしか分からないことがある」と言いながら、お正月の「箱根駅伝」はTVで観戦している。以前に一度だけコースになっている国道で観戦したことがあるが、寒い風の中で選手を何十分も待つのはつらい。それに、何より選手がすさまじい速さで走り去って行き、何が何だか分からないのでつまらないからだ。ただし、観戦しながら飲むビールは「生」に決めている。

そもそも、箱根駅伝のオモシロサは、各区間にドラマがあり、それらの結果として、総合優勝があるところだ。極端な話をすれば、それまで最下位であっても最後の区間で「ごぼう抜き」をしてトップになれば、大逆転で優勝が可能だ。現実にはそれほど極端なケースは少ないが、目まぐるしく順位は動く。
そうした区間ごとでは個人競技の魅力、全区間ではチーム競技の魅力を併せ持っている。従って、沿道で一瞬を見ても、今一つオモシロクないのだ。ただ、区間での順位を競う「区間賞」の選手をTV中継のアナウンサーたちが持ち上げることには私自身はあまり興味がない。もちろん、区間での選手のがんばりは称えられるべきだが、総合優勝しなければ、駅伝という競技にチームとして参加している意味はないからだ。それは区間賞に限らず、総合二位以下も同じだ。例え、たった 1秒でも、一時間でも一位と差があれば、勝負は負けでしかない。

こうした勝負の厳しさを私に教えてくれたのは、イギリス人のデザイナーだ。
私の勤めていたクルマメーカーがルマンという自動車レースで日本のメーカーでは初めて総合 7 位となり、10 位以内に入ったと喜んでいたとき、「ヨーロッパ人の感覚では、レースでは1位以外はみんなダメなんだよ」と冷やかに言ったからだ。いくら途中のプロセスが良くても、あるいは1位に肉迫していても、最終ゴールでトップにならなければ、2位でも最下位でも同じだというのだ。それは、最後は1案しか選ばれることしかないデザインという厳しい世界で生きてきたイギリス人のデザイナーの発言だけに重みがあった。ある意味では、冷たい考え方かもしれないが、私たちのように商品デザインや商品企画に携わる者にとって重要な考え方であるはずだ。生活者は開発のプロセスがどう
であろうと、一番気に入ったモノを一つしか選んではくれないからだ。

<岸田 能和>