think drive (5)  『FCX concept』

新進気鋭のモータージャーナリストで第一線の研究者として自動車業界に携わる長沼要氏が、クルマ社会の技術革新について感じること、考えることを熱い思いで書くコーナーです。

【筆者紹介】

環境負荷低減と走りの両立するクルマを理想とする根っからのクルマ好き。国内カーメーカーで排ガス低減技術の研究開発に従事した後、低公害自動車開発を行う会社の立ち上げに参画した後、独立。現在は水素自動車開発プロジェクトやバイオマス発電プロジェクトに技術コンサルタントとして関与する、モータージャーナリスト兼研究者。

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第5回 『FCX concept』

先日ホンダ FCX コンセプトに試乗する機会を得たので、今月はそのリポートをお届けする。

【FCXの歴史】

ホンダが初めて燃料電池車 FCX を発表したのが、1999年。その後 2005年までに6タイプの改良がなされてきた。日本で JHFC という燃料電池および水素関連のプロジェクトが始まったのが 2002年。ちなみに、諸外国で同様なプロジェクトで有名なものには、1999年からのカリフォルニア燃料電池パートナーシップ (CaFCP)、2001年からのヨーロッパで行われている CUTE(Clean Urban Transport for Europe) があり、いずれも政府とカーメーカーが主導となって行っている。

このように燃料電池関連のプロジェクトはいずれも開始からおよそ 10年の月日が立つものが多い。この 10年でどれだけの技術進歩がなされてきたか、FCXコンセプトの試乗をしながら考えてみたい。

【FCXコンセプトの特徴】

さて、FCX コンセプトの特徴だが、一番にはそのスタイル。いままでの燃料電池車は、いずれも何らかの既存車種の改造によるものだった。そして、その多くのクルマは燃料電池を搭載することが可能な高床式?シャシーをもっていたので、自ずと車高の高い SUV タイプだった。しかし、この FCX コンセプトは新型の自社製燃料電池「V フロー FC スタック」が小型である特徴を生かし、いわゆるフロアトンネルと呼ばれる場所、つまり、車両中央を前後に走る部分、運転席と助手席の間のちょうどアームレストの下に置く事が可能となっている。そのため、車高の低い、低重心でスタイリッシュなクルマに仕上がっている。

また、「V フロー FC スタック」で発生可能な最大 100kW のエネルギーをフロントに搭載される 95kW の電気モーターで駆動する FF 方式だが、エンジンでは到底出来ないだろうフロントフォワードなパッケージングになっている。室内は大人 4 人が十分以上寛げる広さを持つ。ホンダ自社開発の燃料電池は先代から低温始動(-20℃)が可能な特徴を持つが、FCX コンセプトではその性能をさらに-30℃にまで向上させている。

【試乗体験から】

試乗会の場所に選ばれたのは、ツインリンクもてぎ。言わずと知れたホンダのホームコースである。そこの周回路からオーバルまで試乗することが出来た。走行可能な試作車は 2台しかなく、世界中のイベントを駆け回っている、貴重で当然高価(1 億円~ 2 億円)なクルマなのにもかかわらず、オーバルコースで最高速度に近い領域で走行させて頂けた。

走り出しの感覚はプリウスなどのハイブリッド車の EV モードでも得られる電気モータ特有のスムースさ。そして、すべてにシッカリ感があり、ボディ剛性、サスペンション剛性などが素晴らしいことがすぐ分かる。高速走行を行うとそのシッカリ感は安心感となり、重心の低さも相まって、出来の良いスポーツカーを運転している感じだ。この感覚は燃料電池車だから、というよりはカーボンボディを使用して F1 をつくるような作り方によるものだろう。しかしながら、例の小型化できた「V フロー FC スタック」でなくてはこの低重心は得られない。

動力性能は周回路はもとよりオーバルコースにおいても必要十分だ。エンジンでは回転数によらず一定のトルクが得られる特性を「フラットトルク」と表現されるが、電気モーターの場合は回転数によらず一定のパワーが得られる「フラットパワー」特性となる。このフラットパワー特性によるシームレスな加速によって 100mph 弱まで特に苦もなく到達する。どの領域においても静かだ。

もっともエンジン車でも、レクサス LS や、BMW の 7 シリーズ、M.Benz のS クラスなどの高級車では十分静かなのだが、この FCX コンセプトの静かさは異質だ。エンジンという間欠的に音を発するものがなく、全てが連続的な音であるためだろう。タイアノイズ、モーター音、風きり音など、すべてが連続的な音なのだ。そして、その静かさが遮音によるというよりは元もと少ない発生音だという印象を受ける。燃料電池車の開発では NVH 対策プロセスが抜本的に異なるのだろうと予測できる。

【FCXコンセプトの燃料】

ところで、この FCX コンセプト、燃料には水素を使う。燃料電池車の開発当初は水素以外の燃料によるオンボード改質も盛んに行われていたが、最近は水素に落ち着いた感がある。そしてその貯蔵方法も液化ではなく圧縮。現在はその圧力が 35MPa か 70MPa かの検討が行われている。M.Benz や日産は 70MPa 対応に積極的だが、ホンダは高圧によるメリット・デミリットを考えて現時点では 70MPa 対応にあまり積極的ではない。ちなみに FCX コンセプトは 35MPa仕様だ。

【環境対応型自動車の一つとしての燃料電池車】

ホンダはこの FCX コンセプトを 2008年から北米と日本で限定販売するという。北米カリフォルニアでの ZEV 法からみの戦略もあるのだろうが、開発責任者の藤本さんはその直接的関連性を否定する。法規制からみでの導入ではなく、開発から 10年という節目を経て、より実用的な取り組みへステージが以降したのだと。先代の FCX も同じくリース販売を行っていたが、この FCX コンセプトは燃料電池車の普及へ向けて実用ステージへ踏み出したという違いがあるという。だからこそプロジェクト先行や法規制対応ではない戦略を進めるために、スタイリッシュで使い勝手のよい、燃料電池オリジナル車を開発したのだろう。

先週のニュースで、国内8メーカーのうち6メーカーは開発費を増加するという発表があった。環境・安全対応技術への開発をさらに強化するのが主たる目的だろうが、燃料電池車の開発も増々進むことだと思う。ホンダだけでなく他メーカーからも、クルマとして積極的に乗りたくなる魅力的な環境対応型自動車を期待する。それは決して燃料電池車である必要はないと思う。スタイリッシュで素敵なクルマで環境負荷が低いクルマを多くの人が望んでいるはず。そのパワートレインの一選択肢が燃料電池というスタンスで構わないと考える。

今回の試乗で一番感じたのは、ドライビングファンと同時に知的好奇心を満たしてくれている感じがとても新鮮で感動を受けたこと。このところの軽自動車と一部高級車を除くクルマの販売台数減少が続くなかで、クルマの魅力向上へのキーワードは Intelligence なのかも知れないと思う。

下記サイトに動画リポートがあるので、興味のある方はご覧頂きたい。
http://www.startyourengines.jp/blog/videoblog/2007/05/000495.php

<長沼 要>