先進技術における価格破壊の有効性

◆住友電気工業、ZnS(硫化亜鉛) 製のレンズで遠赤外線カメラを低価格化へ

現在、遠赤外線の透過率の高い Ge(ゲルマニウム) 製のレンズを使っているが、レアメタルは価格が高く、安定せず、研磨コストも高い。ZnS の粉末を作って予備成形し、金型に入れて加圧、加熱してレンズに成形することで、研磨も不要に。量産すればコストは下がるという。

<2008年07月23日号掲載記事>

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【ナイトビジョンシステムの現状】

住友電工が今回発表した技術は、夜間の視認性を高める、いわゆるナイトビジョンシステムに使われる遠赤外線カメラの低価格化に成功したというものである。レンズに新素材を採用することで、既存製品と同等レベルの性能を維持しながら、低価格化に成功したというものである。

このナイトビジョンシステムであるが、夜間の視界を確保することによる安全面での貢献度が高いことは誰も認めるところであり、90年代から国内・海外自動車メーカーでも開発を本格させてきた。2000年に GM がキャデラックの一部のモデルにオプション設定したのに始まり、国内メーカーでは、トヨタやホンダ等、海外メーカーでは、BMW、メルセデスベンツ等、高級車を中心に一部のモデルに採用が進んできた。

しかしながら、このシステムが広く量産車種にまで普及していかない要因として、様々な気候・環境条件を考慮した性能確保やそのための制御技術の確立といった技術面での課題もあるが、最大の要因は、赤外線カメラ自体の高コストにあるというのが定説である。

今回のコラムでは、他の先進技術の普及事例も見ながら、普及に求められる低価格化について考えてみたい。

【大量生産だけで普及するのか?】

先進的な新技術を採用することは、これまでなかった機能・サービスを享受できるようになるということであり、当然これまでになかったハード・ソフト・開発工数等が求められるため、一般的にはコストアップ要因になるはずである。

その新しい機能・サービスの付加価値が、コストアップした価格以上のものであれば、消費者に受け入れられることになるわけだが、最初から消費者全てに許容される価格に収まるというケースはほとんどないだろう。これまでも、多くの先進技術を導入していく過程で、こうした低価格化について取り組んできたはずである。

今回の記事に取り上げた赤外線カメラを使った夜間視認装置は、元々軍事用として開発・発展してきたものである。各種警備用等の一般市場でも採用が始まっているが、量産技術として確立し、大量生産が進めば、原材料調達コストも下がり、歩留まりも向上することで製造原価も下がり、自動車市場でも普及が進むと考えられてきた。

しかし、単純に大量生産が進み、サプライヤの生産技術が向上することで、規模のメリットを活かすだけで、コストが下がり、普及するのであろうか。もし、これだけの問題であれば、どこかのメーカーが覚悟を決めて採用車種を増やせば、一気に普及するのかもしれないが、全てこれだけで解決するとは考えにくい。

【カーナビの普及状況】

例えば、普及に成功した先進技術の代表例として、カーナビを例に考えてみる。日本市場は、世界的に見ても普及率が高い「カーナビ大国」である。1980年代前半に登場したカーナビであるが、当時のものは地図上に自車位置を表示させるだけのものであり、電子地図、経路案内や渋滞情報を始めとする今のカーナビの基本機能が確立してきたのは、1990年代半ば以降であろう。

1997年には累計出荷台数が 2 百万台弱であったが、2007年には 28 百万台を突破しており、この 10年間で 10 倍以上にも拡大している。(累計出荷台数なので、現時点でのカーナビ保有台数とは必ずしも一致するものではない。)

1997年頃には、CD-ROM ナビが中心で、ようやく DVD ナビが出始めるか、といったような状況であり、当時の価格帯の中心は 20~ 30 万円程度であったと記憶している。

現在では、高機能な HDD ナビや通信機能・テレマティクスサービスを備えた機種も普及しており、商品・サービスの多様化・高度化を進めることで、トップエンドモデルは 30 万円前後の価格帯を維持している。しかし、主流となる価格帯は着実にコストダウンが進んでおり、DVD ナビであれば 10~ 15 万円程度が中心となっている。

【PND の登場による価格破壊】

これに加え、近年、 PND (Portable Navigation Device)と呼ばれる小型のカーナビの普及が進んでいる。SD カード等のメモリーカードを利用することで、構造をシンプルなものにし、必要最小限のサイズ・機能に絞り込んだ商品で、価格は 5 万円前後が中心となっている。最近ではワンセグチューナーを内蔵したものや画面を大型化したものも出てきており、一つの商品カテゴリーとしての立場を確保している。実際、この PND の登場により、世界的にもカーナビ市場は急拡大しており、年間 2 千万台以上の PND が販売されているとも言われている。

つまり、カーナビにおいても、量産技術の進展に伴い、低価格化が進み、これが普及に大きく貢献してきたことは間違いない。ただし、その低価格化について整理して考えると、10年前から CD-ROM ナビを開発・生産していた既存大手メーカーが、その進化系として開発・生産している DVD ナビ・ HDD ナビよりも、新興メーカーが開発・生産する PND の方が、より大胆な低価格化を実現し、市場拡大にも貢献しているように思える。今では、既存大手メーカーも PND市場に追従して参入しているのが現状である。

【既存メーカーのジレンマ】

つまり、カーナビの普及が早かった国内市場だけを見ると、市場規模の拡大に伴い、生産規模が拡大し、コストダウンが進んだとも考えられるが、世界的に見れば、PND という新興勢力の参入により価格破壊が一気に進み、普及が進んだとも考えられる。

既存のメーカー・サプライヤも当然普及を目指して新技術の開発を進めているだろうが、既に量産化して市場に投入している商品の場合は、開発面でもマーケティング面でも、現在販売している商品の存在や価値観を否定することにつながる商品は開発しにくいのではないだろうか。

開発面で言えば、これまで培ってきた技術的な知見・ノウハウの蓄積がベースにあることで、それを前提条件として発展させることを志向する先入観を持ってしまう傾向があるのではないかと想像する。

マーケティング面でも同様である。例えば、既存商品と同等レベルの機能を持つ商品で、価格を半分以下にした新商品の販売を始めたら、これまで高い価格の商品であっても、その価値を理解して購入してもらった顧客に対して反感を持たれるかもしれないし、自社の売上自体も単価が下がる分減少してしまうのでは、と懸念するような思考が働くのではないだろうか。

結果、これまでの技術・仕組みを大きく変える大きな価格破壊を自ら仕掛けることはできなかったり、新商品開発においても、低価格化よりも高付加価値化を目指す傾向があるように思える。

これに対し、これまでその分野においては市場に参入していなかったメーカー・サプライヤであれば、既存技術・市場への依存度も少なく、積極的な価格破壊も考えやすいはずである。逆に言えば、よほど新規性の高い機能・付加価値がある場合を除けば、低価格化を打ち出せないと参入しにくいため、より積極的に低価格化に取り組むのではないだろうか。

つまり、普及させるために価格面でブレイクスルーが必要な状況にある場合は、ジレンマを抱える既存のメーカー・サプライヤのこれまで通りの取り組みだけでは限界があり、新規参入するメーカー・サプライヤが価格破壊を起こすことが求められるのかもしれない。

【外的要因の可能性】

勿論、低価格化以外の要因で普及が進むケースもある。ここ数年急速に普及が進んだものの一つに、ETC 端末がある。この場合、端末自体のコスト負担を下げたことには違いはないが、大量生産が進んだことによるコストダウンが主要因とは考えにくい。政策的な理由で、インフラ整備が一気に進んだことで利便性が向上したこと、ハイウェイカード廃止等により、お買い得感が増したこと、そして何よりも補助金等を効果的に使うことで端末自体のコスト負担を軽減させたことなどにより、一気に普及が進んだものと考えられる。

他にも、DPF やエアバッグなど、政策的な支援や法規制等による義務化により、急速に普及が進むものも少なくはないが、政府・業界のリソースにも限界はあり、現実的に、全ての先進技術に外的要因の後押しを期待はできないだろう。

よって、一般的には、こうした外的要因による特需を期待するのではなく、自助努力で普及に向けて取り組む必要があるはずである。

【先進技術を普及させるために】

「環境」や「安全」といった自動車業界全体が抱えるテーマについての社会の注目が高まる中、環境技術、安全技術の重要性は一層高まってきている。二次電池技術や太陽電池技術、レーダー技術や自動制御技術など、低価格化が進めば普及が更に進み、自動車業界の「環境」や「安全」にも貢献できる技術が多数あるはずである。こうした状況の中、既存のメーカー・サプライヤの開発努力だけで、低価格化と普及を期待していては、時間的に間に合わなくなることも少なくないのではなかろうか。

現在、高コストがネックとなって普及が進んでいないものの多くにおいて、材料価格が高コストの要因になっているケースが多いと考えている。今回の遠赤外線カメラのように、既存技術に捉われない新技術開発によって、普及に向けたブレイクスルーを実現する材料技術の進化に期待したい。

<本條 聡>