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コラム

「軌跡と構造」-クルマ社会の複合図-(7)「GMの改革」

いすゞ自動車にて国内マーケティング戦略立案等を経験したのち、現在は住商アビーム自動車総研のアドバイザーとしても活躍する中小企業診断士、小林亮輔がユーザー、流通業者、製造業者という立場の異なる三者の視点に日米欧という地理的・文化的な視点と時間軸の視点を加えつつ、クルマ社会の構造の変遷とその将来を論じていくコーナーです。

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第7回「GMの改革」

【「くるま館」でお会いした人たち】

1985年に開催されたつくば科学博では、筆者が勤務していた「くるま館」をはじめ各パビリオンでは博覧会協会や出展者から紹介されたお客様を VIP として丁重に扱い、館内を専任スタッフが同行して説明にあたりました。漫画家の故手塚治虫さんも筆者が対応したお客様の一人でした。

そして伊藤忠商事アメリカのジェイ・W・チャイ副社長と自動車産業アナリスト・マリアン・ケラー夫妻も印象深いお客様でした。

【ジェイ・W・チャイ氏とマリアン・ケラー女史】

いすゞ自動車からの当初の依頼は、ジェイ・ W ・チャイ氏と奥様をエスコートしてほしいということでした。チャイ氏はいすゞ自動車と GM との資本提携を仲介した人物であり、GM とトヨタ自動車との技術提携にも深く関っていました。興味津々である一方、緊張感を持ってチャイ夫妻を迎えました。恥ずかしい話ですが、その時点ではチャイ氏の奥様がケラー女史であることを知らず、筆者は後になって同僚からそのことを知らされ、驚いたのです。実をいうと、それまで新聞・雑誌に掲載された彼女の写真と実際の彼女とがあまりにも違って(失礼ながら)いたので筆者はケラー女史と気づかなかったのです。

【自動車産業アナリスト】

応接室で夫妻と挨拶を交わした後、館内の展示物を説明して歩きました。チャイ氏は語学に堪能で、英語のほかに複数の欧州言語に精通し、日本語、ハングル語をはじめ複数のアジア言語を巧みに使い分けます。チャイ氏は日本語がたいへん流暢で「兄は私ほど語学力がないのでアメリカで医者をやっている」「専制君主のいる途上国のパビリオンには君主の写真があちこちにたくさん貼ってあるのですぐわかる」云々、皮肉や冗談を次から次へ(それも日本語で)とばし続けました。奥方は、その間、静かに展示物を見学されていました。

今、日本の自動車産業アナリストを目指す筆者にとってはとても残念な出来事ですが、チャイ氏の饒舌さ加減に圧倒され、奥様であるケラー女史とは話す機会もなく二人を見送りました。今回はそのケラー女史の著作「GM 帝国の崩壊」との対比も交えながら、「GM の改革」について触れていきます。

【高品質を誇ったアメリカの1950年代】

1991年、当時の通産省・自動車産業フォーラムのメンバーだった井口雅一東京大学教授を研究室に訪ね、依頼した講演について打ち合わせをしている中でこのようなやりとりをした記憶があります。「小林さん、アメリカで自動車の品質が最も高かったのはいつごろだと思いますか?」
「わかりませんが、1960年代ですか?」
「実はアメリカでは、1955年頃の自動車の品質が最も高かったようです。1955年製のシボレーは評判が良く、アメリカ国内では今でも走っている姿を見かけます。」

井口教授の話に納得しました。1955年は GM の基盤を築いたスローンのあらゆる施策が結実した年です。この間、GM のプロダクト・エンジニアたちは、車体、エンジン、駆動装置をはじめ、サスペンション、ブレーキ、塗装技術など車両のあらゆる部分で現代でも通用する素晴らしい技術を開発し続けました。その年、GM は 57 %のシェアを誇っていました。

【消費者重視を定着させたスローン】

スローンは消費者を重視し、「計画的陳腐化」という消極的な考え方を嫌いました。スローンは、変化という刺激にあふれているからこそ自動車は発展する、という考え方をGMに定着させてきたのです。

スローンは「GM とともに」の中で「新型モデルへの変更は、新たな価値に対する需要があればあるほど、より革新的で魅力的なものでなければならない。すなわち、ゼネラル・モーターズの車種はすべて、外観が個性的であるべきである」と述べています。

【財務マンとプロダクト・エンジニア】

ケラー女史は「GM 帝国の崩壊」の中で、GM は「財務マン」と「プロダクト・エンジニア」という二種類の異なる人間で運営されてきた、と述べています。スローンが第一線を退いて以降、一人の例外を除いて、歴代のトップは「財務マン」であり、現在のリチャード・ワゴナー会長も例外ではありません。

また、巨大な組織 GM でトップに登りつめるためには、創業者デュラントのような仕事上の失敗は1回たりとも許されません。成功体験で塗り固められた自信過剰の「財務マン」以外は GM のトップにはなれないのです。GM の組織体制は次第に硬直し、エンジニアやマーケティングのプロフェショナルがトップになることはなく、その点、同じ巨大組織でもエンジニアからもトップを選び出し、素晴らしい業績を維持し続ける GE とは対照的です。

【GMは消費者ニーズをとらえていたか?】

また、ケラー女史は「GM には 1985年になるまで消費者ニーズを調査するセクションがなかった」と述べています。巻末の自己紹介欄にあるとおり、筆者は 1986年、GM テクニカルセンターに留学、そこで市場調査とその分析手法を学びました。「消費者ニーズを調査するセクション」が、前年、にわかにできた訳ではありません。

いすゞ自動車在籍中、GM からいくつかのテクニックを学びました。そのひとつに CAMIP (Continuous Automotive Mail Information Program)があります。GM は 1950年頃から GM ブランドの車両購入者全員を対象に、今、J ・ D ・パワーが得意とするような郵送による調査を続けていました。いすゞでは、その調査項目を参考に、日本市場の調査・分析を行いました。また、ユーザーに市場投入前の製品を評価させるプロダクト・クリニックのテクニックも GM から学びました。これらのテクニックはその後投入した乗用車・ SUV の開発・販売に活かされたと筆者は自負しています。1978年から 84年の間、GM から指導者を招き、これらのテクニックを学んだという事実からすると「消費者ニーズを
調査するセクション」は存在していたことになります。

【調査結果を活かすセクションは?】

しかし、ケラー女史の主張が「GM本社には 1985年になるまで消費者ニーズを反映するセクションがなかった」ということならば、そのとおりです。「消費者ニーズを調査するセクション」はあったのですが、「調査結果を活かすセクション」は GM本社にはなかったのです。

このことについては第 5 回「ディーラーシップへのこだわり」で述べたとおり、担当者が消費者ニーズの変化に気づき、GM本社を促しているにもかかわらず、官僚的な GM本社はニーズの変化に対応しようとはしなかったのです。

もうひとつの問題点は、GM の調査の多くは、自社ブランド購入ユーザーを対象としたものがほとんどで、他社ブランド購入客を調査することに消極的だったことです。57 %のシェアを占めていた時代には、自社ユーザーに聞くだけでも消費者ニーズの多くは吸収できます。しかし、シェアが 20 %以上低下してもその仕組みを変えられなかったことは GM の硬直化を象徴しています。

【規模の経済と組織硬直化のジレンマ】

自動車産業の過去の主役たちは、規模の経済を目指して企業・産業を巨大化させてきました。スローンがアメリカ市民の生活水準ごとに適した自動車を展開し、大量生産による高品質で低コストの製品を提供することに成功したのは確かですが、消費者ニーズが多様化する現在、規模の経済に依存した組織拡大は、硬直化を招くリスク以外の何ものでもありません。

1980年代以降、GM はロジャー・スミス会長のもとで、トヨタとの技術提携、スズキとの資本提携、チャネルの再編など死に物狂いで、ありとあらゆる改革に取り組みました。しかし、そうした改革も組織を巨大化しないと規模の経済の恩恵にあずかれない、組織を巨大化すれば官僚化・硬直化が進むというジレンマの中にあったためか、ひとつひとつの施策は優れていたものの、長い時間軸で全体像をとらえると「分裂症状」を呈していました。そしてフォードもクライスラーも同じジレンマの中を歩み続けたのです。

次回は「先進国とクルマ」と題して、先進国と途上国のクルマに対するニーズの差をテーマに語りたいと思います。

(参考文献)
マリアン・ケラー「GM帝国の崩壊」草思社
P・F・ドラッカー著「未来企業」ダイヤモンド社
D・ハルバースタム「覇者の驕り」日本放送出版協会
Jack・Trout「Schizophrenia at GM」Harvard Business Review Sep.2005

<プロフィール>
中小企業診断士。住商アビーム自動車総合研究所アドバイザー。早稲田大学商
学部卒。いすゞ自動車で営業企画、マーケティング戦略立案等に従事。GM
Technical Centerに留学、各種分析手法を導入。

<小林  亮輔>

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