現場が語るもの

◆ダイハツが新型車開発で「見える化」を展開
~現場の可視性を上げることによって成長の機会を増やす

<2005年10月3日日刊自動車新聞掲載記事>
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

この度ダイハツは新型車開発において車両コンセプトの一貫性を確保する必要性から新型車が目指すコンセプトをCG(Computer Graphics)化し、映像化したものを新型車開発に関わる全部署(企画と生産・営業・販売)の間で共有できるようにした。これまでは新型車開発に関わる各部門が個別の事情を優先するあまり、結果的にコンセプト自体に歪みが出ることが多かったという。

コンセプト自体に歪みが生じることで、新車開発の各段階で一つ前の工程に戻って作業をやり直す必要が生じ、これが市場投入時期の遅れにも繋がったとのことである。そして、このような新車開発の「現場」で発せられたやむにやまれぬ声を徹底的に吸い上げ、結果としてCGを使ったコンセプトの意思の統一という形で対策が講じられたとのことである。

この件に象徴されているように、近年国内外で益々「現場」の声を重要視すべきだという議論が巻き起こっており、現場を中心に据えた経営が営まれようとしているが、今回のコラムでは「現場」とは本質的にどのような場のかを整理した上で「現場」の力を自動車業界での競争力向上にどう活かしていくのかを考察してみたい。

【現場とは何か】
そもそも現場とはどのような場だろうか。製造現場というイメージが強いが、実際はサービスや商品を企画・開発してから実際に顧客に届けるところまでに関わる全ての活動拠点が現場であると定義づける。すなわち、商品企画や開発、調達、生産、営業、アフターサービスなどに関わっている部門を指す。中には「最前線(Frontline)」と呼ぶ人もいる。顧客や顧客に届けられる商品などに直接接触するところで活動しているからである。

それではなぜこれらの現場がこんなに重要視されるのだろうか。そこに何があるのだろうか。

【現場には何が存在するのか】
前述の通り、企業の役員の方々が現場に定期的に足を運ぶのには理由がある。これは既に多くの人に当然の如く理解されていることではあるが、現場には人為的な加工のされていない生の情報がそこにあるからである。すなわち、利益創出のネタになるような現場の人間の痛みや満たされていない感情(すなわちニーズ)に接することができる。

経営者が黙っていても部下から報告される情報というのは組織のピラミッドの下方から上位に上がるにつれて、少しづつ経営者にとって好意的に受け入れられるように歪められていく。この人を介した情報だけに頼っていては、大事の前の小事を見逃すことになり、気づいたら不祥事に繋がっているということもあり得るだろう。

一方、現場から直接自らの五感で得た情報であれば、明らかに人を介して入手した情報より正確である為、現場から得た課題に対して対策を正しく講じれば、努力をお金として還元させることができる。例えば、前記のとおり現場とは顧客への価値創造に関わるの全ての拠点が対象になり、大きく分けると顧客に接するところと顧客に提供するものを準備するプロセスからなっているが、顧客の接点となる販売の現場での問題解決(例えばレストランで給仕するスピードを上げる等)をすることによって、顧客の満足度は上昇し、来店回数が増えれば、売り上げは上昇する。

また、準備のプロセスで無駄(例えば食材在庫の滞留)の発見と排除を行えば原価を下げることができる。結果として営業利益が上昇するだろう。特に、大きな改善には人・もの・金などのリソースが必要となる為、それらをコントロールしている経営に近い人に現場にアクセスしてもらうことで、更に改善の効果が高まるだろう。

このようにして現場から得られる情報を金銭的な利益として変換するのが可能になるわけだが、この利益を効果的に享受する為に開発から顧客との接点である営業にいたるまでの各現場においてはどのような工夫をしているのだろうか。

冒頭のダイハツの例では開発の現場における現時点での取り組みについて触れさせて頂いたので、以下では他の現場の現状について考察してみたい。

【生産現場の実態】
生産の代表格と言えばトヨタ自動車である。トヨタ自動車では、現場に潜む問題をできるだけ顕在化させて問題解決し易い現場環境を醸成することを「見える化」と呼んでいる。例えば生産指示(一日何個作るかを表す指示)には「かんばん」という注文カードのようなものが使われ、カードが生産現場に送られてきた時に引き取る在庫製品が無い場合には、「かんばん」が生産の遅れを示す専用ポストに入れられ目に見える形で製造現場に生産の遅れを知らせるような仕組みになっている。

当然のことながら、決して口頭で「10個足りない」と言うことで伝達しようとしない。それでは声に発している時以外、他の人間には異常事態なのか否か分からないからだ。紙に小さく記録しておくことも基本的にはこの考え方から外れる。なるべく多くの人の目に触れさせる状態を作ることで問題の進行を阻止する「見える化」の効果が得られないからだ。このようにして、生産の現場では現場の情報に効率的にアクセスできるようにして工夫しているようである。結果、生産の遅れはなくなり、販売機会を逃さずに完成車を市場に供給できている。そして皆さんがご存知の通り、毎年グローバル販売台数の記録を更新している。それでは、顧客との接点である営業の現場でも同様なことが可能であろうか。

【営業の現場の実態】
顧客に製品やサービスを提供するまでのプロセス(例えば、前述の開発や生産の現場)においては、自社の管理下に置かれていることが通常である為、現場に行く労さえ惜しまなければ、金の卵と成りうる現場の問題へのアクセスが可能であった。しかしながら、販売の現場(顧客と接している現場)においては部分的に難しさが存在している。以下でBtoC(一般消費者向け)とBtoB(法人企業向け)ビジネスの場合において考えてみる。

1)BtoC(一般消費者向けビジネス)の例
BtoCは一般消費者向けの商品やサービスのことである。ここでの現場とは車を例に取るならば、顧客が実際に車を運転しているところに居合わせることである。これは非常に難しいし、例え許可を貰って乗車時の様子を観察させてもらったとしても、他人から見られている違和感から真の顧客にとっての困りごとや嬉しさを引き出すことが難しくなるだろう。

更には、車の保有者は全国各地に散在している為、満遍なく対象となる顧客の現場にアクセスすることは不可能だ。また、生活スタイルや車の楽しみかたなどは法人顧客と異なり必ずしも画一的ではない。ゆえに、現場の情報にアクセスできたとしても少数のサンプルから母集団の全体の傾向を推測すること事態にも無理があるかもしれない。

この状況を打破する為に、生産の現場で述べた「見える化」を可能な限り実践することができないだろうか。例えば、自動車に乗っている顧客が本来の姿をさらけ出しているところを確認できるようにする為、自動車メーカーの従業員の知人を顧客に見立てて観察するとか、生の度合いは少し低下するが、ビデオカメラを車に搭載して顧客が乗車している現場を撮るなどしてできるだけ顧客の普段の姿を「見える化」するなどができよう。

もちろんこのような取り組みは自動車メーカーでやられていると思うが、前記の通り、BtoCにおいては顧客個々の地理上または生活スタイルのバラツキによってせっかくの現場情報も正確性を欠くリスクを常に抱えているのを忘れてはならないだろう。

1)BtoB(法人企業向けビジネス)の例
BtoB(企業向けビジネス)の場合の顧客現場へのアクセスも違った意味で困難だ。例えば、新参者の自動車部品メーカーが自動車メーカーにアクセスする場合などがこのケースに該当するが、新参の部品メーカーの営業担当者が最初に自動車メーカーに接近できるのはせいぜい自動車メーカーのロビーで購買の担当者と面会するまでであろう。ゆえに、営業マンが知ることができるのは購買担当者の口から発せられたものになり、自動車メーカーの現場(例えば実際に車の性能測定をしているところ等)で何が起こっているのか生の情報を得ることは皆無に近い。

BtoB(企業向けビジネス)の現場へのアクセス方法として従来からやられていることは、接待やその他の懇親を通して自動車メーカーの担当者の本音を引き出すスタイルの「見える化」や自動車メーカーの担当者の直接の要求に誠実に応えることによって信頼度を増し、自動車メーカーの現場に自然と導かれるのを待つ方法などである。長期的な顧客との相互接触があって始めてこの方法での「見える化」が可能であるので、非常に時間を要する方策だと思われる。

しかしながら、一度良好な関係が築かれると、自動車メーカーは「見える化」を自ら加速するのも事実である。例えば、部品メーカーから研修員の受け入れを行ったり、生産計画や設計情報などあらゆる情報を共有することによって部品メーカーの強さや成長を引き出そうとする。これは自動車メーカーが「見える化」の影響力の大きさを理解しているからである。

このようなBtoBの自動車ビジネスにおいて近年自動車メーカーから部品メーカーが期待されていることは、顧客から言われたことをする企業ではなく「新たな提案」をしてくる企業だと聞く。このような場合には、あえて自動車メーカーの現場にアクセスしなくても自動車メーカーの顧客である自動車購買者がどんな問題を抱えているのか購買車の現場に行って観察し、その問題点を解決するような商品の提案をするというアプローチから自動車メーカーの内情について「見える状態」を作り出すことなどができるだろう。

【結論】
そうはいっても、開発や生産の現場で効率的に行われているような現場の「見える化」がBtoC,BtoBのどちらの販売の現場においてもを実現することは非常に難しく、長い道のりであることは間違いない。
BtoCの場合であれば、サンプルの取り方の工夫とかフォーカス・グループ法など複数の調査手段を織り交ぜるなどしてバイアスをできるだけ除去しながら顧客の現場の実態を正確に把握する努力が必要だろう。

BtoBにおいて重要なのは、将来の金の卵となり得る生情報を発信しているのは法人顧客のどこの現場なのかということを明確に認識していることと、「見える化」が完全に難しいのであれば、将来の外部環境(社会、経済、政治、人口等)や顧客の競合の動向、自動車業界の関係者の口から聞くことなど、分かっていることをパズルのように合せて推測していくことが求められる。

われわれ住商アビーム自動車総合研究所も微力ながら、独自の将来の業界予測や毎月自動車業界の関係者や中小・ベンチャー企業との対話を通じて、公正な視点を維持したり、「見えない部分」を推測等によってできるだけ「見えるようにする」よう努力し、自動車業界に貢献する術を模索している。

「見える化」を最大化する必然性から、今月は「現場感」で満ち溢れている自動車業界の関係者にお集まり頂いてパネルディスカッション形式のセミナー(勉強会)を行い、自動車業界で求められているものを探求できるように企画した。提案型の技術を待ち望んでいる自動車業界の方々やこれから自動車業界に参入をご計画の方々まで、それぞれの目標の実現を支援する内容になっている。是非ともこの機会を活用されることをお勧めしたい。

<カズノリ (加藤千典)>