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コラム

AYAの徒然草(62)  『本当に論理的な考え方ができる人とは?』

仕事で成果を出すことにも自分を輝かせることにもアクティブなワーキングウーマンのオンオフの切り替え方や日ごろ感じていることなど素直に綴って行きます。また、コンサルティグ会社や総合商社での秘書業務やアシスタント業務を経て身に付けたマナー、職場での滑なコミュニケーション方法等もお話していくコーナーです。

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第62回 『本当に論理的な考え方ができる人とは?』

1年くらい前に、友達とバッティングセンターに行ったのが私が生まれて初めてバットをった験だったのですが、それが意外にも楽しかったので、また行きたいなぁと密かに思っていした。と言っても、そんな気持ちとは裏腹に、実はとても下手なんです。ほとんどが空振りした。なにせ、バットの握り方は適当の上に、打ち方だってよくわからない状態なので、周にいる上手そうな人のフォームを見様見真似で打っているだけなんですから。それでも、ぐで当ってホームラン(勝手にそう思っています)を打てた時の、あのスカッとする快感が忘られなくて、機会があればまたやりたいなぁと、私はうずうずしていました。

そんな気持ちに耐え切れず、先日、別の友達を誘って久々にバッティングセンターに行っんです。でもやっぱり、意気込んで行った割には私はとても下手でした。一回 300 円で 0 球出てくるのですが、そのほとんどが空振り。「素振りの練習をしに来たんじゃないの、んだか損した気分・・・」と意気消沈していたら、私の後に挑戦した友達もほとんど空振り。私たち、本当に下手だよね。向いてないのかもね。」と顔を合わせてお互い苦笑いしていんですが、負けず嫌いの私たちがあの快感を得ずして帰るはずもなく、再び挑戦です。
悔しさからの二回戦。「さっきはほとんど空振りだったから、今度こそ、絶対に当たりますよに。」と祈りながらマシンにプリペイドカードを入れていた時、私はふと思ったんです。「プロ球の選手だって 3 割打てれば御の字なんだから、私がここで全部(10 割)を打とうと思なくてもいいのかも。全部の球をちゃんと当てようと思うから当らないのかもしれない。もっ気楽に打ってみよう!」と。
「20 球中の 3 割ってことは、6 球当ればいいんでしょ?いやいや、2 割でもいいならっの 4 球でいいんだよね。だったら楽勝かも!」そう気持ちを入れ替えて打ってみたら、なと初球から大ヒット。やったぁ!この快感を味わいたかったのよ!とにんまりしていたら、の球もカキーン!だんだんコツをつかんで調子良くなってきて、私は大興奮でした。

実際のところは、バッティングセンターでは球の速度も一定ですし、フォークボールが飛んくるわけもないので、ちゃんと野球をやっている人は 2 割とか 3 割の打率じゃなくて、っもっとたくさんの球が打てるんだと思います。
でも、素人の私は「3 割どころか全体の 2 割でいい」と思ったことで、つまり「8 割は打てくてもいい」と思ったら、変な力が抜けて当たりが良くなりとても気持ちが良かったんです。んだかとても不思議ですよね。
さて、ヒット連発の私の再挑戦が終わり、次は友達の再挑戦の番です。友達は、自信にちれた私に、「彩ちゃん、二回戦は急に上手くなったけどどうしたの?なんかコツをつかんだ?」と聞いてきたので、「2 割でいい」という私のおまじないの話をしたんです。
その話を聞いてから二回戦に臨んだ友達は、なんと私以上に急に上達し、2割どころか半くらいの球を遠くに飛ばしていました。見ていた私も気分爽快になるくらいです。

みなさんもこれに似たような経験ってありませんか?ただ漠然とした話ではなく、信頼性をった数字、つまり、さきほどの打率の話のように、「2 割」(4 球)という根拠のある具体な数字を引き合いに出されると、なんの疑問も持たずにすんなりと受け入れ、納得感をっ行動に出ることができると思うのです。もしも、あの時の私のおまじないが、「全部を打とう思わずに、少なくていいんだよ」というような漠然とした言葉だったら、きっと私の友達は根のないアドバイスだと思って聞き流していたに違いありません。
こんなふうに、私たちは知らず知らずのうちに「数字」に支配されて生活していると言っても言ではありません。頭の中で、様々な情報と経験則に基づいて演算された数字によって、ろんなことを自動的に判断し、行動に移していると思うのです。
それに、私たちは、仕事の上でも様々な分野の統計データを使って分析をしたり、それにづいて何か目標を立てたり人に説明をしたり、そして自分自身を納得させたりと、「数字」表されたことをいろんな局面に利用していると思うんです。

ところで、みなさんが、もしもこのような状況に遭遇したら、どう思うでしょうか?ある仕事に詰まり、方向性をどうしようか悩んでいた矢先に上司から、「僕の経験上、今までこうい時こうすれば必ず成功していたから、今回もこの方向でやって欲しい。」というような指をけた合です。もしも、その上司が、頭の回転が早く仕事ができ、尊敬する人であったとしも、こような上司の判断に、「よし!そうだな。この方向で頑張ってみよう!!」と素直にえるでょか?私なら、到底思えません。むしろこの指示に「???」と疑問を抱き、上司を頼らずに分自身で新たな方法を考えないといけないな、と不安がよぎります。

「判断すること」って、その人の「主観」で決まるもので、千差万別ですよね。だから、この司のように、自らの「経験」に基づく論理的な考え、つまり主観的な考えを部下への指示とて出したとしても、それは説得力に欠けてしまうのです。分かりやすく言うとこんな話と似いると思うんです。

ここにりんごが一つあるとします。「りんごは赤い」「りんごは丸い」ということは、「判断」でなくて「事実」ですよね。誰が見ても変わらない客観的な視点で見た「事実」なのです。で、「りんごは美味しい」とか「りんごは甘い」というようなことは、人それぞれ感じ方が違う観的な「判断」であって、それが必ずしも正しいとは限りません。りんごをまずいと思う人や酸っぱいと思う人もいるかもしれません。さきほどの上司は、後者の「判断」だけで部下に示を出していて、重要な「事実」がそこには無いのです。
つまり、部下に向って「りんごはく美味しいと思え」と指示を出していることと同じなのです。

私は、こういう局面で、このような指示ではなくもっと的確な指示を出せる人こそ、本当に理的にものごとを考えることができる人だと思うんです。それは、このような人です。自分会社)にとって良い事実でも悪い事実でも全ての情報を素直に受け入れ、その情報を分し、その上で客観的にものごとを考え、そして最後に正しい判断を下せる人です。努力をら、聞く耳を持って柔軟な考え方ができ、鋭い観察力のある人です。頭が良い、仕事がでる、経験が豊富というような人ほど、自分にとって「良い情報」だけを吸収し、「悪い情報」シャットアウトして、良い情報と自分の経験だけでものごとを判断しがちだと思うんです。つり、自信過剰な人ほど外部情報から耳をふさぎ、「思い込み」で判断を下す傾向にあるとうです。それでは、個人も会社も成長は期待できませんよね。

そして、本当に論理的にものごとを考えることができる人が「判断する」時に役立つ情報のつが、さきほどお話した「根拠のある数字」なんだと思います。根拠のある数字は信頼性強めるのです。しかし、数字でガチガチに固められた理論で人に説明をしても、相手を納さるどころか却って柔軟性に欠けるのではないかと思いがちですよね。でも、それは逆なのす。主観による「判断」で固められた理論を淡々と述べられた状況を想像してみてくださ。それはその人の意見の押し売りで、聴いている側はうんざりしてくるはずです。

さて、こんなふうに私たちが様々な「数字」に支配されている一方で、数字だけでは計り知ないこともたくさんあります。つまり、事実に基づく「数字」も、個人の感覚でとらえ方がだぶ違うこともあるので、それを踏まえた結果の「判断」にも違いが生じてくるということで。たとえば、生活に密着した数字で言うと、「天気予報」などがそうだと思います。
私の感覚は、朝の天気予報で「今日の降水確率は 40 %です」と言われると、「今日は折り畳みのを持って行かないといけないかな」と思います。(私は 30 %の降水確率だと傘は持ち歩せん。)
また逆に、「今日の降水確率は 10 %です」と言われれば、「今日は傘はいらなな」と、一日中快晴を想像します。この判断基準になるパーセンテージは、人それぞれ違うと思う
んです。

それに、こんなちょっとしたことでさえも、人それぞれによる数字の感覚の違いだと思うんす。みなさんは、自分のお財布の中にいつも大体いくら入っていますか?いくら現金がっいると安心できるでしょうか?数千円で十分という方もいれば、なにか急なこともあるので低でも 10 万円は入っていないと不安だという方もいらっしゃると思います。こんなことは、くら入っていればいいという決まりなんて無いんですから、人それぞれの感覚で決まる数字ですよね。
一方で、人の心情やその場の空気など、数字とは全く関係のないことを人間の「五感」でんとなく察しなくてはいけないことも多いですよね。こちらも経験値によって計り知れると言ばそれまでですが、でも、なかなか実際は難しいと思います。だって、それができれば、人を怒らせたり悲しませたり、また、失恋したりすることもないはずですから。さて、本当に理的な考え方のできる人は、日頃から情報収集を怠らず、頭の中にはあらゆる情報がインプットされています。だから、そういう人と話をしていると、素直に「なるほど」と思えること多く自然と会話も弾んでくるものです。

つまり、そういう人は、会話のキャッチボールもとても上手いのです。自分が話したいことをすのではなく、どう返したら相手が話しやすくなるかということまで考えて、相手が受け取やすい所にちゃんと返球できるのです。その上、自分の主張したいことも事実に基づいた報を使ってやんわりと伝達しているので、双方向の会話が自然と成り立ち、相手は心地よなってくるんです。そうなんです。本当に論理的な考え方ができる人は、感性も鋭く、相手対する思いやりもあるんですね。こんなことを考えていたら、「数字」に基づく情報で自分の張の伝達率を高めることは、人とのコミュニケーション能力をアップさせることにも通じるよに思えてきました。
プロ野球選手の打率から、私の場合は「2 割でいい」というおまじないを編み出し自分にい聞かせ、それで上手く打てたことで、私は、私たちの生活を取り巻く様々な「数字」がもらす影響についてあれこれと考えてみました。私たちは、なにかを決断をする時に、無意のうちにいろんな「数字」で判断していることが、思っている以上にあるようです。しかし、事をしている時などは、意識的にも数字にガチガチにされた理屈で考えざるを得なくて、なだか窮屈だなぁと思うことってみなさんにも正直言ってあると思うんです。そんな時には、の場合、またバッティングセンターに行って「2 割でいい」のおまじないでスカっと発散しなら打率を上げていきたいと思います。そして、私も、本当に論理的な考え方ができる人を指して、会話のキャッチボールの腕も上げたいと思います。

<佐藤 彩子>

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