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コラム

開発・生産準備工程でデジタル化がもたらす優位性とは

◆マツダ、実物クレイモデルを全廃

<2005年 8月20日号掲載記事>

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90年中頃から日本の各自動メーカーは新車のデザインや部品設計・生産技術の確認などを仮想空間上で行えるようにするために、開発や生産準備における全ての設計・試作・実験作業情報のデジタル化を進めてきた。デジタルデータを用いて仮想的に設計や製造を行うことで開発期間の短縮や開発・生産準備費用の削減、品質の安定化などが期待できるからだ。

このような業界の潮流があるなか、マツダは日本の自動車メーカーの中でも最も早い時期(1996年頃)に「MDI(マツダ・デジタル・イノベーション)という開発・生産準備工程の完全デジタル化構想を掲げ、段階的に成果を上げてきた。

具体的には 1996年から「MDI-フェーズ 1」をスタートさせ、この段階においては、車の全ての部位のデザインスケッチ(2 次元データー)を自動的に 3次元データーに変換できるようにした。そして 2004年からは「MDI-フェーズ2」を立ち上げ、車の外観スタイルの最終審査を除く全ての審査工程をクレーモデル(新車の開発初期段階に車の外観スタイルを検討する為に使う粘土模型)を使わずに確認することができるようにした。そして、仮想空間上での確認作業の高まりにともなって、マツダはスタイル確認段階における完全デジタル化に自信を深め、2008年移行に開始する「MDI-フェーズ 3」においてクレーモデルを全廃すると今回発表を行った次第である。

このようなマツダの成功例から、日本の自動車業界において開発・生産準備段階における完全デジタル化が確実に現実化に向けて近づいていることをわれわれは知ることができるわけだが、完全デジタル化が現実のものとなる前に、今いちど今回のコラムで開発・生産準備工程のデジタル化から得られるメリットを整理するとともに、そのメリットが日本の自動車メーカーの競争力向上の為にどれくらい寄与するものなのか考えてみたい。

筆者は、完全デジタル化(IT 技術を用いて仮想的に製品の設計や試作モデルの製作・実験作業を行うこと)によって以下 5 つのメリットがもたらされると考えられる。

【1.開発費の低減】
デジタル化する前は、製品の設計を確定させる為に、二次元の製計図を作成し、製品図を元に試作車両を製作し、実車テストによる実験を通じて設計図仕様を確定させてきた。これに対してデジタル化した状況では、製図・試作車製作・実験を仮想的に行うことが可能になる。要するに実験の為の試作車両を製作しなくても済むようになる。試作車両を製作するには数千万もかかると言われる為、コスト低減効果は非常に大きいと考えられる。

【2.品質の安定】
デジタル化を行うことによって、設計情報が複数の部署によって共有化されるようになると、開発の初期段階から、設計・生産準備に関わる多くの部署が品質上の問題に対して意見交換できるようになる。開発の初期段階で車のデザインを品質上良い方向に修正させることができれば、開発の最終段階での確認作業は少なくなるし、少なくなった品質懸案事項に対して深く検証作業を実施することで、品質は安定化してくる。

【3.最新顧客ニーズの反映】
仮想上の設計・開発が進むと、前述の通り、複数の部署が同時並行的に作業を進められるようになるし、試作品を製作することに時間を掛けたりする必要がなくなる為、開発期間は大幅に短縮できる(マツダのベリーサの場合、デザイン決定から量産までの期間が以前のマツダの平均値27ヶ月程度から12ヶ月に短縮された)。開発期間が短縮できれば、量産開始時期から遡ってより最新の顧客ニーズを製品に織り込めるようになる。これによって競合に対してより顧客満足度の高い製品投入が可能になる。

【4.世代を超えた技術の伝承】
製品や工程設計上の情報がデジタル化されるようになると、技術の使い回しが可能になる為、世代を超えて過去の技術情報の利用が可能になる。実際、日産自動車などでは、現場の熟練技術者が蓄積してきた感覚・直感的なものづくりのノウハウをデジタル情報に置き直しながら、技術の地域・世代を超えた共有化を進めているとのことである。

【5.地域の枠組み超えた協働】
製品や工程設計上の情報がデジタル化されるようになると、世界的な規模の協働が可能になる。現在、トヨタ自動車では日本と海外生産拠点とのリアルタイムの情報交換によって新型車の海外同時立ち上げを可能にしている。

これらのメリットは日本の自動車メーカーに膨大な利益をもたらすだろうと容易に予想できるが、実際、相対的な競争力という観点から考えると、デジタル化のメリットが競合他社に対してどれだけの優位性をもたらすことになるのだろうか。欧米メーカーとの比較、日本メーカー間における比較という点から論じてみたい。

【日本VS欧米】

《1.デジタル化の進捗度合い》

東京大学の藤本隆弘教授らが2004年1月に発表した「日本自動車企業の国際競争力」によると、90年代後半における3次元CAD(Computer-aided design system)の日米欧における使用率(自動車の最終図面のうちどれだけの図面が3次元CADによって作成されたのかを表したもの)は、日本が49%に対し米国と欧州はそれぞれ100%と82%と非常に高い。デジタル化率があらゆる面でポジティブな結果に直結するのであれば、開発期間や品質なども欧米メーカーのほうが断然良い結果になっていると想像することができるが、実際、開発期間や品質レベルにおける日本と欧米メーカーの差はどれくらいあるのだろうか。

《2.開発期間》

前述の「日本自動車企業の国際競争力」によると、1995年から1999年にかけて、コンセプト設計から発売までの期間は日本のメーカーの場合45ヶ月に対して、米国と欧州メーカーはそれぞれ54ヶ月と57ヶ月であった。そして、このの格差はますます拡大傾向にある。すなわち、デジタル化が進んでいる欧米メーカーのほうが開発期間が長くなっていると言える。このデジタル化率と開発期間の関係から以下3つの仮説が導き出せる。

1)デジタル化以外の要因が日本メーカーの開発期間を縮小させている

2)デジタル化が欧米メーカーの開発期間を拡大させている

3)欧米メーカーがデジタル化を進めても開発期間を短縮できなかった。
だから、日本メーカーがデジタル化を進めても同様の結果になる。

仮説1は考慮する必要があると筆者は考える。例えば開発においては、設計や実験の過程以外に設備や金型・治具製作などものづくりの要素がたくさん含まれており、このものづくり部分において日本は欧米メーカーに対して強みを持っている。ゆえに、日本人の持つものづくりの強みなどが、開発期間短縮を可能にし、日本が欧米メーカーに対して短リードタイムで開発することを可能にしたと想像することができる。

仮説2に対して筆者は反対の立場を取る。前述のデジタル化のメリット3で述べているように、デジタル化をすると同時並行的な作業が可能になるし、試作品を製作する時間も不要になる。日本人は現地・現人・現物を使って集団で一緒に作業をするほうが、ミスもすくなく効率的に作業できるという考え方もできるが、それ以上に他の時間短縮効果が大きい為、トータルで考えるとデジタル化したほうが開発期間を短くできると考える。このようなデジタル化の優位性がありながら、欧米メーカーが日本のメーカーに対し開発期間短縮で遅れを取っているのは、デジタル化を欧米メーカーが十分に活かしきれていないところに原因があると考える。理由は仮説3の説明で述べる。

仮説3にも筆者としては否定的だ。欧米メーカーはデジタル化を進めても開発期間を劇的に短縮できなかったかもしれないが、日本メーカーがデジタル化すれば更なる開発工数を低減できると考える。
その理由は、デジタル化を活かせるような部門横断的な協働を可能にする企業文化が日本メーカーには根付いているからだ。欧米メーカーがデジタル化を進めた場合、情報は入手しやすくなるが、欧米人は日本人以上に他人に対して積極的に関与しようとしない為、また責任を取ることに時に消極的になる傾向が見られる為、情報のみがオンライン上で飛びかう状態が続き、問題解決に向けて主体性を発揮できないでいるのだと思われる。CAD等、人間にとって無機質なデジタルデータを使って問題を早期につぶしこむには、積極的なプロジェクトへの関与や仲間とのコミュニケーション・部門間の調整が欠かせない為、欧米メーカーの開発期間は思うように短くなっていない。

一方、日本のメーカーがデジタル化を推し進めた場合には、部門間の連携が積極的に取られるし、元来、問題が放置されることを集団が許さない文化が(欧米と比較すると相対的に)根付いている為、今後デジタル化が進めば、開発の初期段階から設計仕様などに対する活発な意見交換がオンライン上で可能になる。早期に多くの問題が解決されれば、生産準備に取りかっかった後で再度設計をやりなおしということはなくなるだろう。結果として開発期間短縮が大幅に可能になると筆者は考える。実際、2005年3月発行の日経ビジネスでマツダの車両先行開発部の金井常務は「どんな便利なツールがあっても部門間の壁が高く連携がうまくいかないと機能しない」と言われているがこのあたりの「連携の妙」が欧米メーカーの課題となっていると思われる為、日本は欧米メーカーに対して長期的に確固たる差別化を維持することができると言える。

《3.品質》

JDパワー・アンド・アソシエイツの2005年度発表の米国初期品質調査によると、レクサスが11年連続首位を獲得したものの、上位にはジャガーやBMWなどの欧州車やビュイック、キャデラックなどの米国車が占めている。同じく耐久品質評価においても同様の傾向が見られることから、この部分においてはメーカー別の差異は見られるのの、日本の自動車メーカーと欧米メーカー間の国籍別の差異は、同調査上は見られない。

【日本メーカー間の比較】

《1.デジタル化の進捗度合い》

前述のマツダの「MDI」を始め、各社とも設計・生産準備工程におけるバーチャルシュミレーションを加速しているように思われる。例えば、トヨタ自動車はマツダとほぼ同時期の1995年頃から「V-Comm」というプロジェクトを立ち上げ、デジタル化を推進し、設計変更回数を激減させることによって開発期間の短縮を実現してるという。日産も「Vー3P(バリューアップ・フォー・プロダクト・プロセス・プログラム)」を2001年頃から本格導入し始め、今年1月発売の小型車ノートでは開発期間を日産平均 20 ヶ月程度から 10.5 ヶ月まで低減している。このようにプロジェクトの開始時期こそ若干異なるものの日本の自動車メーカー間では追従できないほどの絶対的差別化要因にはなっていないように思われる。

《2.開発期間》

日経ビジネスおよび各自動車メーカーのプレスリリースによると、2004年時点での日本の各自動車メーカーの開発期間(デザイン決定から量産まで)は10ヶ月から13ヶ月以内のくらいになっており、大きな差異は見られない。また、車種によっては車台を流用するなどして開発工数を低減している例もあり、車種間では多少のバラツキが見られる。日産自動車などでは車種間の開発工数を標準化するために自動化率を統一したり、プラットフォームの統合を計画的に推し進めている企業もあるが、デジタル化がもたらす開発期間上の優位性という観点からは日本の自動車メーカー間に大きな差異は見られない。

《3.品質》

JDパワー・アンド・アソシエイツの2005年度発表の米国初期品質調査によると、首位がレクサス、7位がトヨタ、9位がインフィニティで12位がホンダとなっており、日本の自動車メーカー間でもかなり大きなバラツキが見られる。この原因としては日本で生産している比率と現地生産している比率がブランドによって異なるということも言えるが、生産地毎の品質維持能力の差異が原因だとしても、デジタル化を利用して地域間の差異をなくすという試みはまだ完全にうまくいっていないということが言えるのかもしれない。この点はあくまでも仮説なので今後の調査のなかで明らかにできればと思う。

以上が日本メーカーと欧米メーカーとの比較、日本メーカー間における比較であるが、結論として、日本と欧米メーカーとの比較においては、日本のメーカーが今後デジタル化率を上げていくことで、更に欧米のメーカーに対する競争力を高めることができると考える。特にこの傾向は開発期間の短縮において顕著になる。

一方、デジタル化が日本のメーカー間において差別化要因になっているかというと、まだ顕著な差異としては現れていないように思われる。しかしながら、今後デジタル化が1次サプライヤーだけでなく2次・3次サプライヤーに浸透されていくことを考えた時、広範で・複雑なサプライチェーンを抱える自動車メーカー程、デジタル化の普及の成功・不成功の結果が営業利益への影響もさることながら、ものづくりの質や効率に大きな影響を与えることは確かだと思われる。この領域において日本の自動車メーカーは他の日本メーカーに対して差別化を意識的に図ることができるのではないだろか。

<カズノリ (加藤千典)>

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