HEV 生産拡大に伴う業界構造の変化の可能性

◆トヨタの渡辺社長、ハイブリッド車の世界販売を 2年後に年間 100 万台へ

北海道苫小牧市で開かれた講演会で、ハイブリッド車の生産・販売の年間100 万台達成について「2010年には実現したい」と述べ、これまでの「2010年代の早い時期」の目標を前倒しで実現する考えを表明した。

<2008年 09月 30日号掲載記事>
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【まだまだ小さい HEV 市場規模】

かつてから、トヨタはハイブリッド車(HEV)の生産・販売台数を年間 100 万台に引き上げると公表してきたが、これを 2010年に実現するというのが今回のニュースである。

環境問題が大きく取り上げられることが多い昨今、各社の HEV 投入に関わるニュースも誌面を賑わせているが、自動車市場全体からすれば、全世界の生産台数が 70 百万台を超えている今、年間 70~ 80 万台程度と言われる HEV 市場は、全体の 1 %前後のマイノリティに過ぎない。

この HEV 市場を牽引するトヨタにおいても、グループ全体で 900 万台を超える全生産台数からすれば、年間 40 万台超という業界トップを誇る同社の HEV生産台数も、まだまだ 5 %程度であるのが現状である。昨今の環境ブームを考えれば、これを年間 100 万台に引き上げるというのも、極めて当然の戦略と思える。

しかしながら、HEV 市場全体から見れば、大きなインパクトをもたらす数字であることは間違いないだろう。昨年トヨタは、HEV の累計生産台数が 100 万台を突破したことを発表した。1997年に初代プリウスを発売してから、約 10年で 100 万台である。年々車種数と生産台数を拡大させてきて、昨年は 40 万台強を生産・販売した。ここにきて、2年後に毎年 100 万台生産するということは、現在の生産規模を倍増させるということであり、これまで以上に大きな挑戦であると考える。

今回は、HEV 生産・販売体制拡大に伴う課題と自動車業界の構造変化の可能性について考えてみたい。

【HEV 生産・販売体制拡大に伴う課題】

まず HEV 生産・販売体制拡大に伴う課題について、開発、生産、販売の三つの側面から考える。

販売面であるが、HEV の需要は高く、モデル末期のプリウスが以前として即納できない状態であり、米国では中古車が新車以上の価格で取引されているという話もあるような状況である。販売店側でも HEV の生産台数拡大は願ってもないことだと考えられ、問題が発生するとは考えにくい。サービス体制という面で、製品構造が複雑化することで多少問題が残る可能性もあるが、これまでも HEV を販売してきたメーカーであれば、経験・ノウハウが蓄積しているとも考えられ、中長期的には大きな問題にならないと考えられる。

開発面においても、HEV 車種ラインナップの拡充が着実に進められている。来年春にモデルチェンジが噂されている次期プリウスに加え、2010年までにカムリハイブリッドのコンポーネンツを流用したハイブリッド専用車、そのレクサス版、次期レクサス RX400h (現行ハリアーハイブリッドの後継モデル)、プリウスのプラグイン HEV、オーリスの HEV 版、プリウス派生の HEV ミニバンなどの発売が噂されている。年間 30 車種以上の新型車を市場投入するトヨタの開発リソースを持ってすれば、十分対応可能なモデル数であろう。

開発リソースが限定される自動車メーカーにとっても、手段はある。以前、以下コラムで書いた通り、HEV 開発を全面的にサポートする大手サプライヤも登場しており、多くの自動車メーカーにとって、その気になれば、HEV 開発体制を構築することはできるであろう。つまり、ここが大きなボトルネックになるとは考えにくい。

『ハイブリッド開発に見るサプライヤへの期待』

一方で、生産体制であるが、車両自体は、混流生産体制も確立されており、比較的フレキシブルな対応が可能かもしれない。現在、プリウスの主力生産拠点となっている堤工場においても、他モデルの生産移管を進めることで、プリウスの増産体制確保を進めている。昨今のガソリンエンジン車の販売不振を考慮すれば、自動車メーカーの努力次第で中長期的には HEV の年間 100 万台体制の生産能力を十分にカバーできると考えられる。

しかし、懸念が残るのが、部品の生産・供給体制である。ここについては、自動車メーカー単独で解決できる問題ではなく、サプライヤの協力が不可欠になる。ところが、一部のサプライヤにとっては、簡単に対応できる話ではなく、大きな決断が求められる話ではないかと考える。ここが、最大の課題になるのではないかと考える。

【HEV 専用部品サプライヤへのインパクト】

HEV に用いられる部品には、車体部品やエンジン部品など、ガソリンエンジン車と共有している部品(もしくは、専用設計であっても基本的な開発・生産自体は流用されている部品)と、二次電池、駆動用モータやインバータなど、HEV車にしか搭載されない専用部品がある。

このうち、既存車種と共有している部品については、既存のガソリンエンジン車用部品の生産体制との調整も可能であるだろうから、そこまで大きな影響があるわけではないだろう。例えば、ステアリングやシートといった内装部品の場合、HEV 車であっても基本的な構造は同じであるだろうから、専用の生産ラインが必要になることはないはずである。自動車メーカー全体の生産台数動向に左右されるものであり、パワートレインの種別に左右されるものではないはずである。

ところが、HEV 専用部品については、全く別次元のインパクトがあるはずである。現在の生産能力を倍増させることを求められることになり、それが 2年後となると、現時点で準備を進めていなければ、対応できない可能性も高い。

HEV 専用部品の大半が電子系の部品であるが、その中には、二次電池、駆動用モータ等、希少資源を原料に必要とするものも少なくない。下請企業等との調整も含め、HEV 専用部品のサプライヤは、生産設備、原材料調達の両面で、生産能力の増強を進める必要があり、それなりの規模での設備投資等が求められるはずである。

一方で、これらの HEV 専用部品のサプライヤの中には、これまで自動車メーカーに馴染みが深いサプライヤだけではなく、HEV 等の技術導入に伴い、電気・電子業界等から新規参入してきたサプライヤも少なくない。こうしたサプライヤにとっては、自動車業界のルールで、「二年後に 50 万台増産することにしたから、その分の部品を供給してください。」と言われても、果たして、その覚悟を持って踏み込めるだろうか。

【自動車業界の構造変化の可能性】

トヨタはこれまで、HEV 関連の主要部品のうちのいくつかを、内製、もしくは電気・電子業界のメーカーとの合弁事業として進めてきた。こうしたものについては、自動車メーカー側が覚悟を決めて進めれば良いかもしれないし、だからこそ、トヨタは増産体制を確立できると考え、今回の発表に至っているのかもしれない。

しかし、HEV 生産体制の拡充を図るメーカーはトヨタだけではない。他のメーカーも、今後 HEV 生産体制を拡充していく上で、必ず専用部品の供給体制が問題になるはずである。今後、自動車市場、特に環境意識の高い先進国市場で戦う上では、自動車メーカーとサプライヤとの力関係が変わることもあるかもしれない。

これまでは、自動車メーカーが、自社の都合に合わせて生産・販売計画を立てれば、多くのサプライヤがついてきた。しかしながら、HEV のような新しい構造の製品シェアが高まると、必ずしもこれまで通りにはいかないかもしれない。少なくても、現在の二次電池市場を見る限り、そう思えてならない。

仮に、二次電池の生産能力に HEV や EV の生産台数が制限され、二次電池のサプライヤが自動車メーカーよりも交渉面で力を持つような状態になるとする。そうなると、サプライヤ側は生産効率を高めるために、車種間、自動車メーカー間で、二次電池の共通化を進めるかもしれない。その結果、将来的に、二次電池は、汎用性が高い部品になり、これに合わせて HEV、EV を設計するということにもなる可能性があるのではなかろうか。

どのメーカーも、トヨタのように十分な経営資源を持ち、サプライヤを確保できるわけではないだろう。であれば、こうした業界構造の変化の可能性もありえない話ではないと考える。

【製品アーキテクチャの変化の可能性】

自動車業界でよく話題に出る東京大学の藤本教授が提唱する製品アーキテクチャの中で、自動車は典型的な「擦り合わせ型」に分類され、PC に代表される電気製品は、その対極である「組合せ型」に分類される。自動車においても、電子化の進展に伴い、この製品アーキテクチャが変わるかもしれない、というような意見もある。

筆者は、前述のような、自動車メーカーとサプライヤの力関係という、自動車業界の構造変化が起こるとすれば、こうした製品アーキテクチャの変化にも大きな影響を与える可能性があると考えている。

自動車市場の中心が、ガソリンエンジン車から HEV や EV (電気自動車)に変わるとしたら、自動車メーカーよりも一部のサプライヤが優位に交渉を進める状態が生まれる可能性もあるだろうし、こうした状況が多数の HEV ・ EV 専用部品で始まると、自動車自体の製品アーキテクチャが変わる可能性もあると考えられる。

製品アーキテクチャが変わるとなれば、世界のものづくり勢力図が変わる可能性もある。これまで世界をリードしてきた日本の自動車産業の優位性は、日本のものづくりが「擦り合わせ型」製品である自動車に最適化されていたことも大きな要因となっていると考えている。仮に、これが「組合せ型」製品になったとすれば、電気・電子業界のように、近隣諸国の勢力拡大を加速させる可能性もあると考える。

米国経済の不況の波が自動車市場にも大きな影響を及ぼし始めた昨今、自動車メーカーにとって、市場からの需要が高い HEV への期待はこれまで以上に大きい。しかしながら、その生産台数を簡単に増やせるものでもないはずである。専用部品の供給体制を確保し、いかに HEV の生産体制を構築していくか、今後の自動車市場に与える影響は少なくないと考える。

<本條 聡>