苦しい状況だからこそ

◆積水化学工業、オランダ工場で合わせガラス用中間膜の樹脂材料を増産

約100億円を投資して生産ラインを増設し、2010年7月に稼働。年産能力を約2.3倍に当たる2700万台分まで引き上げる。「市況が底を打って回復した際に、今回の投資を行っていないと機会損失になる」と判断。

<2008年12月3日号掲載記事>

【自動車業界の負の連鎖】

世界的な景気後退の中で、自動車業界も不況の大波が押し寄せてきている。ここ 1 ヶ月、販売不振に伴う在庫の累積に大きく頭を悩ませている自動車メーカー各社は、次々に減産を始めている。北米での減産は元より、グローバル規模での生産調整にも入り始めており、今後より具体的な形が見えてくるであろう。

当然、サプライヤも減産せねばならないし、今後投入が予定されている車種の見送りも出てくる可能性があり、大きな痛手を被ることになる。鉄鋼大手に至っては、高炉休止も検討している。

海外に目を向ければ、米デトロイト 3 が危機的状況に直面しているが、政府の救済を受けられたとしても、それで解決するという問題でもない。GM 他の再生計画で見込む以上に北米市場が落ち込むという予想も少なくない。彼らの救済策の動向は、国内自動車メーカーやサプライヤにとっても大きな影響を被る問題であり、決して他人事ではない。

この負の連鎖は、販売から生産へ、北米から全世界へ、業界全体に大きく拡がりつつある。

【生産増強に踏み切る積水化学】

こうした状況の中、大型設備投資の計画を発表したサプライヤがいる。積水化学である。同社は、合わせガラス用中間膜のトップサプライヤであるが、今回 100 億円を投資してオランダ工場に新しい生産ラインを増設するという。 報道されているところによると、
「市況が底打って回復した際に、今回の投資を行っていないと機会損失になる」との判断によるもの、という。たしかに、おっしゃる通り、というところだが、現実的に、この先行き不透明な状況下、誰もが覚悟を持って生産増強のための投資に踏み切れる、というわけではないだろう。とはいえ、「まだ余裕があるメーカーは良いよね。うちには関係のない話だけど」と聞き流すだけの話であろうか。積水化学にとっても、当然、昨今の自動車業界の減速は大きな痛手のはずである。しかしながら、この状況においても活路を見出しており、だからこそ今回の生産増強を発表したのであろう。

【新車以外の需要の取り込み】

積水化学は、自動車用の中間膜では、世界の 4 割を超えるシェアを誇っており、遮音性、遮熱性といった高機能化を進めることで他社との差別化を図りながら、シェアを拡大させてきた。これだけのシェアを誇っているということは、当然世界的な減産計画の影響も大きく受けるところであろう。その中で、生産増強に踏み切った同社の背景には、これまで好調でフル生産を続けてきた新車需要に加え、以下二つの需要を取り込む狙いがあると考える。

(1)アフター需要の取り込み
新車販売が減速する中、保有台数自体はまだ大きな影響を受けておらず、使用年数自体は延びる傾向にあることから、アフター需要については、しばらくは需要が見込めると考える。アフター市場への供給体制が構築できれば、この大きな需要を取り込む機会が生まれるはずである。

(2)他の産業での需要の創出
同社の場合、自動車用で培った遮音性の高い中間膜を、建築用途等へ展開し始めているという。同社の場合、この分野でも他の製品を事業展開しており、全くの新規参入というわけではないだろうが、自動車産業以外の分野において、新たな需要を創出できれば、ポートフォリオ経営という観点でも有効であろう。

勿論、同社がこのタイミングで発表したことを考えると、10月以降の市場悪化の前から準備を進めていたと考える方が自然である。しかしながら、そうした外部環境の変化も考慮したこの時期に、前に踏み出す決断をしたことは相応の覚悟を要したものと考える。

【苦しい状況だからこそ】

昨今、自動車メーカーが厳しい状況の中で、今後の見通しが全くたたないというような話をよく耳にする。たしかに、自動車メーカーが主導権を持って拡大してきた自動車産業の構造上、自動車メーカーが減速すると、川上のサプライヤ側も川下のディーラー側もそれに伴って減退せざるを得ない状況にある。

しかしながら、自動車メーカーの回復を祈るだけでは、事態の解決にはつながらない。苦しい状況の中だからこそ、自ら新たな需要の開拓に動くことが重要なのではなかろうか。
勿論、簡単に見つかるなら、既に取り組んでいる、とお叱りを受けるかもしれない。しかし、既存の市場が拡大していて、その対応に追われていた時には、危機感を持って新たな事業機会を探すことができないということもあるのではないかと考えている。そういう意味では、「危機」を辞書の意味通り「危険な状況」と捉えるか、漢字の組み合せを踏まえて「危険と機会の岐路」と前向きに考えてみるかは、考え方次第かもしれない。

単独で取り組むことが難しければ、提携関係を模索することも有効であろう。前回の本メールマガジンでも書いたが、お互いに補完関係があり、提携関係を築くことで事業強化・回復を狙える機会があるかもしれない。

『巨大電機メーカー誕生が自動車業界に与える影響』
苦しい時期だからこそ、将来のための新たな戦略を模索し、前に踏み出す勇気を持つことが、市況回復時のスタートダッシュを大きく加速させることにもつながるはずである。こうした企業が増えれば、市場環境が回復したときに、自動車産業の存在感は自ずと高まっているのではないだろうか。

<本條 聡>