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コラム

AYAの徒然草(67)  『本当に人を理解するということ』

仕事で成果を出すことにも自分を輝かせることにもアクティブなワーキングウーマンのオンとオフの切り替え方や日ごろ感じていることなど素直に綴って行きます。また、コンサルティング会社や総合商社での秘書業務やアシスタント業務を経て身に付けたマナー、職場での円滑なコミュニケーション方法等もお話していくコーナーです。

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第 67 回 『本当に人を理解するということ』

みなさんにとって琴線に触れる文章とは、どんな文章でしょうか?涙が出るような感動的な話ですか?それとも、「うんうん、私もそう思う!」と共感しながら読める文章でしょうか?はたまた、「違うよ!そうじゃないよ!!」と筆者に持論をぶつけながら読めてエキサイトするような文章でしょうか?
実は私、このコラムの原稿の締め切りが近づくと、いつも思うことがあるんです。「あー、もっと早くから書いていれば今頃はもう自由の身だったのに・・・」と、後悔の念が募ってくるんです。「後回しにしていたツケが回ってきた・・・。うぅー、苦しいよぉ・・・。」と、一人孤独に創造の世界でもがき苦しみ、頭の中では、「締め切りは明日!」の文字が、まるでテロップが流れるがごとく、頭を何度もよぎります。そんな強迫に駆られるせいか、そういう状況になってからいざ、机に向かって書き始めても、これがなかなか筆が進まないのです。それに、この仕事ばかりは、「ごめんなさい!もう時間がないからちょっと手伝って!お願い!私の代わりに書いていただけませんか。」と、誰かに助けを求めることができないので、必然的に一人の世界に入り、孤独を感じることすらあるのです。

しかし、後回しにしている理由は、べつにこの仕事が嫌いだからではないんです。私は、いつも、「次はどんなことを書こうかなぁ?」と、いろんなことを考えています。でも、考え過ぎてしまうと、頭の中で整理がつかなくなり、整理がつくまではほかの仕事を優先してしまって、だから結果的に後回しになり、ギリギリになって苦しんでいるだけなんです。

ところで、みなさんにちょっと質問です。みなさんは、「共感」と「同感」と「同情」の違いを説明できますか?なんとなくわかってはいても、似ているので、改めて違いを問われると、理路整然と説明することは難しくないですか?
「共感」とは、自分なりのものの見方や考え方・価値観などを外して、「あたかも相手と同じように」感じとって考えてみること。「あたかも」がポイントです。一方、「同感」は、自分が相手と全く同じ状況(状態)になることをイメージして、相手と同じように感じること。「同情」は、「同感」とほぼ同じ意味です。自分自身が相手と全く同じ状況(状態)になることをイメージして、その人の感情を自分の価値観で予想し、その感情を共にすることです。と、私が先日読んだ本に書いてあったんです。

これは、具体的にはこんな違いのことだと思います。たとえば、激しい雨の中、外で傘もささずに一人の女性が長い時間じっと立っているとします。全身ずぶ濡れで、顔色は悪く震えています。それを、女性が雨に濡れて震えている姿や青白い顔色から判断して、「寒そう」と感じとるのが「共感」です。一方、もしも自分が同様に大雨の中、傘もささずに外に出ていたらきっと寒いだろうから、あの女性もきっと寒いだろうなと感じることが、「同感」や「同情」です。

もう一つほかの例で説明します。友達のペットが急に死んでしまったとします。自分だったらとても悲しいから、友達だってきっと悲しんでいるだろうなと思うと涙が出てきてしまいます。これは、自分の心情と重ね合わせて相手の感情を先取りしてしまって、勝手に「悲しい」と思い込み、涙が出てきてしまっているんです。だからこれは、「同感」や「同情」なんです。だって、飼い主は全員が、自分のペットが死んだら悲しむというわけではないからです。もしかしたら、実はずっとペットの世話に苦労していて、ちょうど誰かに譲ろうとしていたとか、自分の手にはおえないペットでどうしようか悩んでいたという人だっているかもしれません。そういう可能性もあるわけですから、ちゃんと、その友達がどういう考えを持ってペットを飼っていたのかをまず理解し、その後に、友達と同じ気持ちになろうとすることが大事で、それが「共感」なんです。

そして、私が読んだ本には、「本当に人を理解するためには、『同感』や『同情』じゃなくて、『共感』が必要だ。」と書いてありました。つまり、相手を理解するには、自分の見方や考え方や価値観などの枠組みをまず外して、相手の世界でものごとを考え、相手の枠組みの中で理解しようとすることが大事だと言うのです。
しかし、「相手を理解するのに、自分の価値観で考えたって理解できるわけがないんだから、そんなことは当たり前じゃない?」とみなさんは思うかもしれません。でも私は、これって、実はとっても難しいことだと思うんです。だって、人はそれぞれ、それまで生きてきたプロセスの中で形成されてきた価値観や考え方を持ち、それに育った環境も違えば触れてきた文化だって違います。原則、自分以外の世界は未知の世界のはずなんです。それなのに、「共感」は、千差万別なこれらを基に考えることなんですから。

私は、今まで、コラムを書くときには、私が肌で感じたことや私が実際に体験をしたことを文章化する方が説得力が増すから、その方がきっと読者は「共感」してくれると勝手に思い込んでいました。でも、今ご説明した「共感」の理論を踏まえると、100% そうも言い切れない部分もあるかもしれないなぁと思い始めました。
つまり、まずは相手(読者)の立場になって考えてみて、その上で自分が表現したいことを素直に書き、それに「共感」してもらうことが、理想なんですね。先に自分の主張(体験したことなど)ばかりを書いて理屈を押しつけていては、おそらく、「ふ~ん、そうなんだぁ。」と思うだけの情緒に欠ける文章になってしまうと思うんです。
また、「共感」の理論は、「コラムを書く」という仕事以外にも当てはまるような気がしてきました。「共感」とは、まず、相手の準拠枠で考えてみることでしたよね。相手の価値観でものごとを考えてみることでした。これは、お客様にものを売ったり、サービスを提供したり、また、人のためにものを作るお仕事にも当てはまる心掛けですよね。それに、以前、コラムの中でお話しした(以下 URL ご参照)、お客様のためにはどうしたら一番いいか、どうすればお客様は喜ぶか、といった「思いやり」を持って接することにも通じるような気がするのです。

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さて、「共感」についていろいろと考えていたら、なんだか全てのことの原点に戻ったような気がしてきました。なにごとも、「相手を理解しようとする姿勢」が大事だということです。自分がそういう姿勢を持っていれば、相手も自分を理解しようとしてくれて、結果的には相互理解が深まります。これは、仕事に限らず、良い人間関係を築いていくことや恋愛にも不可欠な姿勢ですよね。毎日、机に座ってパソコンに向って仕事をしている時間が一番長いように感じますが、実は、仕事って、パソコンやお金やものや会社が相手なんじゃなくて、常にそういうものを通じて「人の心」を相手にしていることなんですね。

私はいつも、気張って良い文章を書こうと原稿の締め切りギリギリまで粘って考え込んでいましたが、これからは、「多くの読者の方は、私がどういう文章を書いたら喜ぶだろうか?」ということを考えつつもあまり神経質にならず、もっとおおらかな気持ちを持って書くように努めたいと思います。その方が、より多くの人に「共感」してもらえるような気がしてきました。みなさんも、まずは自分の価値観を拭って、相手の価値観や考え方になって相手を理解しようとしてみてください。相手の心を理解して共感できれば(しようとすれば)、きっと、仕事も恋愛もな~んでもうまく行くような気がしてくると思いますよ。

<佐藤 彩子>

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