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コラム

自動車産業における企業経営の軍事的分析

◆米 GM、2011年の黒字転換を目指す

今年は175億ドル(約1兆7000億円)の赤字、2010年は13億ドル(約1260億円)の 赤字が見込まれているが、2011年に30億ドル(約2900億円)の黒字に転換。
2014年には黒字額が78億ドル(約7550億円)に拡大する見通しという。

<自動車ニュース&コラム 2009年 6月7日号>

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勝つべくして勝つ。これを歴史になぞらえて、軍事面から見るとどういう法則があるだろうか。

一般的に攻撃側であれば、単位当たり戦闘能力で敵を上回る士気の高い戦力と物量を敵の 3 倍以上確保しつつ、当該戦力が持続的に活動可能な兵站とこれを支える財政を確保し、最適なタイミングに最適な場所に投入して、兵力の極端な分散を避けながら一気に敵の主力を突くことが大切と言われています。

更に言えば、そもそも当該主導権を自軍が常に有した状態を維持しながら、実際の戦闘に至ることなく、その他手段を用いて自らの主張を通したり紛争を解決できれば、それに越したことはありません。

正に「彼を知り己を知れば、百戦して殆うからず…」や、「戦わずして人の兵を屈するが、善の善なるものなり」といった孫子の兵法そのものです。

とはいえ、こうした戦いの鉄則は言うは易しで、実際にはパラメーター同士が相互に影響し合うこと (ロジック系)に加えて、そこに「ヒトのなすこと」の複雑さ(人間系)が絡み合います。つまり、現実には事前の周到な準備を完璧にこなすのは難しく、何らかの点おいて常に資源は欠乏し、戦う環境も限定される中で(例えば戦力は常に不足しているであろうし、敵の情報が 100% 分かることも無い)、司令官が自らの有する人間面をフルに動員しながら、見切り発車を強いられながらも、その時最適と判断される指揮を行うものです。

【自動車産業を「軍事的に」分析すると】

そもそも戦いと企業経営は、実践にあたって共通点が多数存在することから、古今東西の戦いの事例がビジネス書で取り上げられたり、孫子の兵法、リデルハートの戦略論やランチェスター第二の法則に至るまで戦略・戦術におけるビジネスへの転用が謳われたりしています。

今日のコラムで筆者は、競争環境が激変している昨今の自動車業界における現況を戦いに擬え、一般的に言える軍事面から見た「勝利するための鉄則」に日本自動車業界・企業を主体として当てはめたうえで、何らかの示唆に繋げられないかと思い立ち、本日のコラムへと繋げています。

具体的には、冒頭に述べた軍事面から見た鉄則を 7 つに分類のうえ、個別の鉄則ごとに日本の自動車産業・自動車関連企業経営が置かれている状況について考察してみました。

<1. 単位当たり戦闘能力で敵を上回る>

これは、従業員一人当たりの生産性や売上高・粗利といった指標と、総資産回転率、ROA などで比較をすると良いと思いますが、昨今の状況で言うと、市場そのものが 3~ 4 割縮小する前提に対して、抱える従業員の数や総資産の額が過剰になっていることによりこれらの指標が低くなりがちです。
全世界の自動車生産能力は 8,760 万台。これに対して新車販売は 09年で 5,040 万台に留まる見通しで、42% 過剰となっていて、稼働率 8 割で収益化が可能という線を確保するに遠いレベル(出典:CSM ワールドワイド)となっています。

また、直近 09年 5月の米国新車販売は 33% の減少となっていて、トヨタ・ホンダ共に 40% 強の減少を記録していることから、例えばトヨタでは固定費を 08年 3月期 vs 10年 3月期で▲12% も削減する予定としています。これは、実額では実に 7,000 億円強の削減になります(住商アビーム試算)。
ここで注意しなければならないのが、単位当たりの戦闘能力は、戦闘員数を減らしたり総資産額を減らすことで一見高まるように見えるものの、実態面での本当の個々の戦う力の強さが高まるわけではないということです。
例えば、トヨタでは研究開発に従事する人員が全世界で 34 千人存在しますが(08年 3月期)単純にその数を減らせば一人当たりの開発能力が上がるということにはなりません。
そうした意味では、例えば経済産業省が実施した民間企業の研究開発能力を探る調査結果(出典:「技術資産利益率評価手法研究会」実施、日本経済新聞09年 6月 3日号より)などの指標は大切です。これは、如何に少ない研究開発費で重要な特許を得たり、特許をうまく事業化して利益につなげたか、といった指標で算出されるとのことで、トヨタ自動車は後者の指標である「ビジネス効率の高い企業」として選出されています。単位当たりの戦闘能力を上げていくには単なる縮小均衡では無理だということの証左として考えられます。

<2. 士気の高い戦力>

過去において、日本企業は欧米の企業に比べて組織に対する忠誠心の高い、平均値で相対的に優良な人的資源を豊富に抱えていました。そして、この力の源泉のひとつとして終身雇用制という仕組みが挙げられていました。しかし、自動車メーカーにおける正社員レベルでもこの仕組みは崩れつつありますし、増してやグループ単位で見れば子会社・関係会社更には協力会社レベルで、在庫調整・生産調整の裏には雇用調整が確実に付いて回っています。
また、士気の問題に限らず全ての項目は敵(競合)との相対性における優劣が大切ですが、米国において UAW が GM 及びクライスラーとの間で、裁判所が介在しながらも一定の合意にようやく至り、労使間における対立が収まりつつあります。

ある意味、これまでは従業員及び年金生活をする OB が会社から何を勝ち取れるかを考えて、自分達の取り分を最大化することが最も賢い選択肢でしたが(すなわち、ゴネ得であった)、これからは(旧会社からの獲得額は確定してしまうため)、新生 GM やクライスラーを成功させることが唯一の選択肢になります。米国における競合の末端の戦力を担う層がこれまでよりも必死になる可能性があるということです。

<3. 敵の 3 倍以上の物量確保>

戦いで言えば、物量は兵員数に加えて兵器・弾薬の量を指しますが、自動車関連の経営で言えば、工場の生産能力と、ディーラー店舗網(数)をこれにあてたいと思います。

世界的に生産能力が販売予想を 4 割強上回っていることは既に述べましたが、GM やクライスラーはこの過剰な生産能力を裁判所の力を借りながら削減しつつ(と同時に後述の財政面での問題点もクリアし)、訴訟をも恐れぬ形で米国内におけるディーラー数を 4 割強削減する方向性で突き進んでいます。

言い換えれば、量的な面から単純に見れば、日本勢は(北米戦線において)米国勢を上回る優位を形成していると言えるでしょう。
但し、自動車産業の現況は、敵(競合)との戦いの結果として勝ち得ることの出来る領土が齎す収益(即ち、顧客認知度乃至は販売シェアの齎す収益)が、当該過剰な戦力を正当化しないレベルにまで落ち込んでいるというのが実態です。

これは正に冷戦末期の過剰な軍拡競争を支えるだけの自国財政、経済が米国・ソビエト共に不足していた状況に酷似しています。
本当に敵の 3 倍の物量を継続維持していくことが財政の観点や顧客へ最適な価値伝達を行っていくうえで重要かという点については、RMA(Revolution in Military Affairs)と言われるような、冷戦後の戦争における物的優位の考え方を覆す考え方(例えばスマートボムや間接攻撃兵器、歩兵の機械化など)が出てきたように、自動車産業においても物量のみではない、異なる競争優位性を考える必要があると言えるでしょう。

<4. 戦力を持続的に活動可能とする兵站>

兵站とはロジスティックスのことであり、戦いで言えば、必要な食料、弾薬、兵器を素早く無事に味方陣地に届ける能力のことを言います。 自動車関連経営で言えば、海運・陸運などを通じて全世界に張り巡らせた販売会社経由でどれだけ速く生産したものを顧客に届けられるか、更にその前提としての開発から生産に至るまでのリードタイムを如何に早めることが出来るかということになります。

生産拠点からマーケットまでの距離が短ければ短いほど、兵站が短く有利に戦えるという考え方から海外生産の比率を高めることもひとつの KSF (Key Success Factor) となっており、昨今の海外生産シフトもこの流れと言えますが、北米における海外ブランド生産車両が全生産車両の 40% を超える状況となりつつあることは、非北米オリジンブランド(特に日本自動車産業)が想定的に優位に立ちつつある領域と言えるでしょう *。また、開発拠点も世界に分散するといった動きもこの流れのひとつです。

* 但し、現地調達を行う部品などにおける供給の不安定が生じつつあることは留意が必要。

<5. 兵站を支える財政>

敵(競合)との戦いの結果として獲得可能な領土が齎す収益額が減少していることと同時に、一番大きな環境の変化があったのがこの財政(ファイナンス)領域です。

兵站を支える財務の調達(具体的には新株発行、社債発行や銀行借入)において、特に米国勢においてはビッグ 3 のうち 2 社が経営破綻に至ったことから、一義的に日本勢は相対的優位に立ったかに見えます。
しかし、実態は GM ・クライスラー共に借りているお金の多く(例えば GM で言えば 2.7 兆円の無担保債務)を返さずにすむようになったのみならず、政府から 10 兆円規模の資金を調達することに成功しつつあります。10 兆円はトヨタの純有利子負債にほぼ相当する金額であり、競合はこれを全て補填してもらう形になりました。

「これでは、公平な戦いとは言えない」と言われても仕方がないと思います(欧州などでは特にこうした意見は多い)。

<6. 戦力の最適なタイミングでの最適な場所への投入>

どのタイミングで、どの兵種やどれだけの量の兵力をどこの戦線に投入するか、というのは勝利を勝ち取るうえでは大切なポイントです。
例えば、09年 5月の日本市場における自動車販売台数のうち 8台に 1台はハイブリッド車となっていますが、ハイブリッド車を提供できているメーカーは何社あるでしょうか。これは事前に戦線の進捗を読みながら、どの商品をどのタイミングでどの市場に投入するか、という戦術面での判断を実施したメーカーと、実施しようにも出来なかった乃至は敢えて実施しなかったメーカーとの違いとなって現れています。勿論 (例えば日本において)戦いの鍵となる商品はハイブリッドだけではなく、今後の異なるタイミングでは異なる商品が勝利を齎す可能性も大いにありえます。

また、最適な戦線は日本だけに勿論限られません。今後熾烈な競争が予想されるのが、地域として魅力的な収益を将来齎す可能性のある新興国です。ここにどのようなタイミングでどの戦力を投入するかは今後の司令官の悩みどころと言えます。

<7. 兵力の極端な分散を避けながら一気に敵の主力を突く>

拡大する戦線の全てにおいて必要な戦力を投入出来ればいいですが、戦いにおいてはこれは不可能に近く、戦線の動きに応じて機動的に戦力を集中させながら個別撃破を試みることが大切です。同様に、全ての地域や車両セグメントにおいて量的優位を保ちながら、経営資源を惜しみなく投入することが出来ればよいものの、現実には資源は有限です。

GM、クライスラーの不振はフルラインを揃えながら全てのセグメントで量的優位を保とうとしたことにあり、同様な理由で現在トヨタ、日産などはある意味苦戦していると言えるでしょう。
更に難しいのは、リスクを回避するという観点では一定以上の地域・商品ポートフォリオを形成することは大切であるものの、あまりに分散しすぎてしまうと結果的にはどの戦線でも大勝を収めることが出来なくなることにより(乃至は、多くの戦線では負けを喫してしまうこと)、リターン率そのものが世の中における金利水準に近づいていってしまい、結果としての求める収益性を確保することが出来なくなるということです。

【それでも、経営は戦争とは異なる】

ここまで、企業経営を戦いに擬えて自動車業界における主に日米関係を中心に話を進めてきましたが、実際は「戦いと企業経営は似て非なるもの」です。
「敵」と上記に書いてきた相手は飽くまでも「競合」であり、戦いも飽くまでも競合と比して優位に立つための争いです。
戦争の場合、当初目的が存在していたとしても、手段が目的を逆転して、敵に勝つことが目的になることがよくあります。先の大戦における日本は正にそうでした。もっと大切なことは戦争では戦闘員にも民間人にも「死」が伴います。戦争そのものが「悪いこと」と言われる所以ですし、私も戦争というコンセプトについて考えることを避けるつもりは(このコラムにある通り)ありませんが、戦争そのものには勿論反対です。

ビッグ 3 の事例 で良く言われることですが、マクナマラに象徴される「ビジネススクール的な確率論とベトナム戦争での戦い」を同水準で考えた結果、敗北に帰したことと、今回の GM/ クライスラーの破綻はルーツを同じくする気がします。

一方、企業経営で言えば本来の目的は明確で、(原則は)資本主義のルールに則った形での顧客の支持の獲得にあります。顧客に新たな価値を提供できればフロンティアは無限に存在し、限られた土地を奪い合うといった戦いそのものが不要ともいえます。

しかし今回の競合による巻き返しは、世界経済を救う・雇用を死守するという錦の御旗はあるものの、そもそもの資本主義のルールを捻じ曲げる形で実践されつつあることを認識し、健全なる違和感を感じながら、「これまでの戦いのルールが変わりつつある」ことを強烈に意識する必要があると思います。 本日取り上げたニュースにあるように 本当に GM の 2014年に黒字額が 78 億ドル (約 7,550 億円) に拡大するかは分かりませんが、新たなゲームのラウンドが開始され、競争環境自体はスクラッチからスタートとなります。

<長谷川 博史>

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