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コラム

あっぱれな価値観の導入に基づく、 民主党政権による土台作りに期待します

◆高速無料化の経済効果は2.7兆円。 国交省が民主党に有利な試算を隠蔽か?

試算は政府が検討していた高速料金値下げの影響を調べるため、2007年度に 国交省の国土技術政策総合研究所が実施。「3割引き」「5割引き」「10割引 き(無料化)」の3つについて詳細に試算。これまで政府は国会答弁や質問主 意書への答弁書などで「試算は存在しない」として存在を隠してきた。

無料化の経済効果は、高速道路は渋滞増加などで年間マイナス2.1兆円となるが、車が流れやすくなる一般道が4.8兆円のプラスとなり、差し引きで「2.7兆円の効果が生じる」としている。利用者の料金負担の軽減分などを加味した試算では、経済効果は7.8兆円に達する。

◆高速道路の無料化でも「車の利用機会を増やさない」が約6割。日経調査

高速道路の全面無料化が実現した場合でも、車を利用する機会は「変わらない」が58%、「減らす」が1%を占めた。特に40代以上で約3分の2が「変わらない」と回答、30代でも51%が「変わらない」を選んだ。
民主党はマニフェストで高速道路の段階的な無料化を挙げている。

<自動車ニュース&コラム 2009年 9月6日号>

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民主党が圧勝したことにより、産業毎に享受出来るであろうメリットや失うであろう便益・デメリットといった比較が新聞紙上を賑わせています。

自動車産業も勿論例外ではなく、本日採りあげた高速道路無料化もそのひとつです。

【「高速道路」については・・・】

筆者は、インターネットの通信料と同様に、固定費に対する固定料金対応が本来は妥当だと考えますが、経済全体を活性化させる効果を齎すのであれば、受益者は必ずしもドライバーだけではないため、無料化=税での補填もロジックとして成り立つと思います。事実、冒頭の記事にある通り、「利用機会を増やさない」が 6 割とのことですが、4 割は増やすということで、経済効果も 2.7 兆円プラスとの試算もあるようです。

また、個人的には、週末の高速道路の混雑を見るに、コストは下がったものの得られる便益(決められた時間までに A 地点から B 地点に移動するという効率のみならず、ドライビングプレジャーという観点でも)が圧倒的に下がったことで、クルマの効用が下がったと感じています。結果、「電車にしようか」派が増加するという効果も齎しているものと思われます。

【経済の活性化と生産性向上の必要性】

過去のコラムにも繰り返し書かせていただいてきていますが、これからの日本は、人口そのものが減少していきます。しかも総労働人口のうち 35 %が、非正規雇用となっており、非労働者人口が 15 歳以上の人口に占める割合も 09年 6月には 40.4 %に達しています。

つまり日本において国民の富を増やすには、一人当たりの生産性の向上が絶対不可欠となっています。

個々の人間が単なる「向上」に留まらない「より高い価値を劇的に少ない労力やコストで提供する」やり方の変革などを実践していくかが重要です。

【民間では脱儒教的発想を】

所謂儒教は、仁、義、礼、智、信の五常のパラメーターを極めることを以ってして聖人君子を生み出すリーダーシップ論で、礼を尽くし仁に至るために、先人に学び、上を敬う、「封建的な国家制度や官僚制度などのヒエラルキーの運用に都合の良い」、否、こうした中国における社会背景から生み出されてきた思想です。

「近年薄れている」という批判はあるかもしれませんが、江戸幕府により採用された朱子学を経て、現在の日本にもこの儒教的発想は良い意味でも悪い意味でも受け継がれていると思います。

ただ、これからの全球的時代において、一国家における意思決定が官僚を通じて上意下達されるのを、秩序を重んじながら待っている形では、柔軟な運用に基づくダイナミックな変化に翻弄されてしまうでしょう。

日本人の心の奥深くには儒教の大切な考え方はしっかり根づいているということを前提に、これからは特に民間における個々人が単に制度に乗っかるのではなく、万物斉同、即ち先ずは自分の社会における役割などをいったん捨てて無になって考えてみることで、新しい関係を生み出していくことを模索することも重要です(老荘思想のような考え方)。
日本の GDP の 40 %の 200 兆円は官営需要です。しかも、この 200 兆円の財源は将来のキャッシュを現在に先取りした形になっています。

ここの議論は今回国民として選択した民主党政権がどう取り組むかをしっかりモニタリングする必要はありますし、大きな期待を持ちたいところではあります。

しかし、民間の産業に携わるそれぞれの分野における Prosumer である国民は、上を敬い、官僚を経由した政策をひらめのように観察しながら個人としての身の処し方や、自社の経営を考えるということではなく、もっと大胆に、自由に能動的に動く必要があります。

【もののあはれから、あっぱれへ】

また、日本では諸行無常を表す「もののあはれ」という、はかない繊細な姿に美を見出す公家文化をベースに、「孤軍奮闘した一武将が、最後に倒れた姿」に美意識を感じる「あっぱれ」という言葉に至った歴史があります。(勿論、「もののあはれ」が消えてなくなっているわけではありません)。我々(卑下して言えば)地下(じげ)の民間としては特に、この「あっぱれ」こそ取り戻さねばならない価値観ではないでしょうか。

鎌倉時代の武士の世界では、武士が戦った理由は、主君の為、源氏・平氏といった上位概念の為という側面も存在していたものの、基本的には「先陣」、「徒歩での一陣」、「一番槍」や「一番駆け」など、味方同士でも個人間で、凄まじい功名の争いがあり、先陣や一番槍の武士は誇り高く「われこそは、武蔵野の国のxx家の何々の家来、xx左衛門なり」などと叫んで、周りの武士がこれを勇ましいと称える風潮がありました。

政府はこうあるべきだ、会社としての方針はどうだ?といった話をする前提としては、個々人が自律自助の精神を持っている前提があるのは当然ですが、大企業や民間の広い世の中でも、個々人の行動や達成した功績を素直に「あっぱれ」と讃える世の中を作っていくことで、自律的な個々人のダイナミックな動きが、シグマとなって初めて動き出すはずです。

【新たな世界を切り開く為の土台を】

こうした民間における大胆なアプローチを促進したり、支援するという観点で民主党政権には国家運営をお願い出来ればと思います。 即ち、土台(フォーマット)はしっかり構築してもらいながらも、それでも政府の基本は、武士が自由に活躍する個別活動に関しては「ハンズオフ」というのが良いかと思います。

未曾有の不景気において政府部門を総動員させて需要を生み出すことの緊急性を否定するつもりはありませんが、長い目で見れば、例えば高速道路の話であれば、自動車よりも自由なモビリティとして効用の高い移動手段が存在すれば、そちらを優先すればよい。但し、その移動手段が自由に動き回れる土台としてのインフラ・フォーマットを最小コストに抑えて提供するまでの支援に留めるということが大切だと思います。

<長谷川 博史>

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