品質基準の多様化への対応

◆トヨタ、『エティオス』をインドの「デリーオートエキスポ」で世界初公開

◆ホンダ、インドの「デリーオートエキスポ」に小型車のコンセプトモデル

<2010年01月05日号掲載記事>

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【低価格車開発の本格化】

先月のインドデリーで「デリーオートエキスポ」が開催されたが、このモーターショーに合わせて、各社がこぞって新興国向け小型車を発表してきた。

トヨタは、インド市場をターゲットに新開発したという小型車「エティオス」を発表した。1.5L エンジンを搭載したセダンと、1.2L エンジンを搭載したハッチバックの 2 タイプを出展した。部品の現地調達を進めることでコストダウンを図っており、価格も 1 万ドル程度になるだろうと報道されている。2010年末からインドで生産を開始し、年産 7 万台を予定しているという。

また、ホンダも、インドを中心にした新興国市場をターゲットに専用開発している小型車「New Small Concept」を発表した。コンパクトなサイズながら、外観はラインを強調した先進的なイメージのものとなっている。2011年からこのコンセプトをベースにしたモデルをインドやタイなどで発売するという。価格も 1 万ドル以下になるだろうと報道されている。

一方、シェアトップのマルチスズキを擁するスズキは、「Concept R3」というコンセプトカーを発表してきた。同国でも三列シート車は増加傾向であり、コンパクトなサイズで三列シート 6 人乗りの乗用車というのは、この市場を熟知したスズキならではのコンセプトと思えるものである。

その他、日産は、グローバルコンパクトカーと呼ばれる小型車のプラットフォームを開発中で、その第一弾のコンパクトカー(「マーチ」の後継車)をタイ、インド、中国などの新興国に大々的に投入する計画を発表している。この車両は、80 万円を切るとも噂されている。

【新興国市場向け商品の変遷】

先進国を中心に自動車業界が引き続き厳しい経済環境にある中、日系主要自動車メーカーにとって、拡大を続ける海外新興国市場の重要性は高まっている。この新興国市場の原動力となっている低価格車層でのシェアを拡大させるためには、価格競争力を持った商品が不可欠であることは間違いない。

1990年代までは、先進国市場で使いまわした旧型車の生産設備を現地に移設して、余計な開発費や設備投資を節約し、コストダウンすることで市場シェアを確保できた。中国市場における独 VW 「サンタナ」やインド市場におけるマルチスズキ「マルチ 800」などが、それぞれの市場を牽引してきた。

2000年代に入り、BRICs に代表される新興国市場の拡大が大きく注目されるようになってからは、グローバル展開を進める自動車メーカー各社が現地の生産・販売体制を強化してきた。市場自体の拡大に伴い、購買層も一部の富裕層から徐々に所得が低い層に拡大しており、先進国市場同様の新型車を投入しているだけでは、市場シェアを維持拡大できない状態にあった。自動車メーカー各社は、現地に投入する車種を増やしていく中で、先進国向けに開発した車両をベースに、現地のニーズや趣向に合わせて仕様変更した車両を投入するようになってきた。現地に研究開発組織を設置したり、上海 GM の「Buick Excelle」や神龍汽車の「Citroen C2」のような、海外モデルをベースに開発した現地専用モデルも登場してきた。

しかし、こうした新興国市場では、地場系の自動車メーカーが着実に力をつけており、低価格を武器にシェアを伸ばしてきている。他の海外メーカーよりも安い価格帯で攻めてきた韓国現代も、中国、インドで高いシェアを維持している。今後、この新興国市場で勝負していくには、抜本的にコスト競争力を高めた商品を投入することが不可欠である。

【品質基準の多様化への対応】

そうした環境下、新興国市場のための商品開発が問われてきた。先進国市場からの引き算でコストダウンを実現するのではなく、新興国市場の価格レベルや市場ニーズに合わせた商品を一から開発する必要があるのではないだろうか。今回の各社の動きもこうした市場の変化に対応するものであろう。

これからの新興国市場向けの商品開発においては、品質基準自体を考え直す必要があるかもしれない。勿論、安全性能等に関する基準を下げてコストダウンする必要はないし、そうすべきではないだろうが、環境性能等は現地の法制度や燃料状況によるところであろうし、走行性能や快適性能等は市場ニーズとの費用対効果で考慮していくべきである。機能や性能を先進国同様の高いレベルを維持するよりも、コストダウンのために割り切る余地がまだまだあると考えられる。現実問題として、日系自動車メーカーから見れば、まだ未熟と見ている地場系自動車メーカーの商品でも、現地では一定のシェアを持っている。つまり、品質基準をこれまで以上に多様化させていくことが求められるのではないだろうか。

既に、こうした取り組みを始めている自動車メーカーも少なくないだろう。しかしながら、グローバルに市場が拡大していく中で、個別の市場毎に部品を開発していては、いくら開発工数があっても不足してしまうので、共通化と多様化を使い分けることが求められる。つまり、部品の共通化による生産性と、地域・市場に合わせた柔軟性の両立が必要になるはずである。

部品メーカーや材料メーカーも、こうした業界の動きを念頭において対応していくことが求められる。既成概念に囚われていては、新興国の地場系部品メーカー等に市場を奪われてしまう可能性もある。逆に考えれば、自動車メーカー側も開発工数にゆとりがあるわけではないので、上記のように生産性と柔軟性を両立する提案ができれば、事業拡大の機会につながるかもしれない。そのためには、例えば、地場系サプライヤと技術提携することも一つの選択になるかもしれない。

【これからの 10年の低価格車】

前回の当メールマガジンの 1 クリックアンケートでは、低価格車開発のために採用しているインド製部品の今後の採用の方向性について質問させて頂いた。詳細は、後述の結果を参照していただきたいが、実に 8 割近くの業界関係者が、採用拡大の方向にあると回答頂いている。これはインド製部品に限らず、新興国市場全体に言える傾向ではないかと考える。

新興国市場とは言うが、これからの 10年、20年を考えれば、現在新興国市場と言われている地域の方がマジョリティやグローバルスタンダードになるのかもしれない。そして、現在はまだ小さいアフリカ各国のような市場が今後の新興国市場として成長していくであろうし、そうした市場に対応するためには、更なる超低価格車が求められる可能性もある。先進国においてもクルマ離れといったことが問われているが、必要最低限の機能・性能を持っていて、価格が劇的に安くなれば、これで十分というユーザーも出てくる可能性だってあるだろう。経済成長とともに、機能・性能面で進化してきたクルマの品質基準を改めて再考する時期に来ているのかもしれない。

<本條 聡>