麦のエコ路地散策(5)  『フィードインタリフ(FIT)』

昨今、新聞、雑誌、TV等で見かける環境用語を取り上げ、自動車業界との関係を探っていくコラムです。

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第 5 回 『フィードインタリフ(FIT)』

先日、発表された日本政府の経済成長戦略の原案の中で、国内の太陽光発電量の 2020年目標が現在の 10 倍から 20 倍に引き上げられました。太陽光発電の促進により、雇用の創出、太陽光発電に関わる開発・生産技術競争力の強化、京都議定書で定められた排出目標の達成等、様々な便益が期待できます。

さらに、太陽光発電量を 20 倍に引き上げる事で、日本国内の再生可能エネルギーの割合が全発電量の 30 %~ 40 %になるとされており、非資源国の日本にとっては石炭や天然ガス等の資源を消費する火力発電への依存度を減らし、エネルギー自給率を上げる意味でも大いに期待されています。

また、今回発表されたこの目標の達成に寄与するであろう制度の概略が、先月発表されました。太陽光発電等、再生可能エネルギー政策で成功を収めている欧米を見習った日本版フィードインタリフとも言える制度です。今回のコラムではこのフィードインタリフについてご紹介したいと思います。

【再生可能エネルギーにおける「鶏と卵」の状況】

皆様もご存知の通り再生可能エネルギーは、地球温暖化対策やエネルギー資源確保の観点から導入が必要とされている一方で、導入に掛かる設備投資額が高額であり、発電事業者として投資に踏み切りにくいという問題を抱えています。

発電設備が高額になってしまう背景には、受注が限定的なために太陽光パネルといった部品の量産効果が発揮されない、設備事業者の数が少なく市場原理が働かないために価格競争が生まれていないといった理由がありますが、今後、普及が進むことである程度価格が下がるとも言われています。

一方で、価格が下がらないままでは、なかなか普及に至らないのも事実です。まさに、次世代型新技術によくありがちな「鶏と卵」の状況にあると言えるでしょう。

この状況を「技術が成熟していない」と言ってしまってはそれまでなのですが、地球温暖化対策やエネルギー資源確保の問題に対する解決は急務であり、政策的に普及を促して生産コストや流通コストを低減させると同時に、当該産業の研究開発に資金が流れる仕組みが求められています。

現在、これら再生可能エネルギーの普及を促す仕組みとしては、以前筆者が紹介したグリーン電力証書や、日本でも採用している電力会社や消費者に一定割合の利用義務を課す RPS 法、設置工事に対する直接的な助成等、様々な仕組みや助成制度が存在します。その中でもこれまでに一定の効果が確認されており、本命とされているのがフィードインタリフです。

グリーン電力証書について↓

【フィードインタリフの仕組み】

別名、固定価格買取制度とも言われますが、フィードインタリフとは再生エネルギー(電力)の売電価格(タリフ)を法律で定める助成制度です。

具体的には、発電事業者が電力会社に販売するエネルギー価格が、ある一定期間(20年等)に渡り、法律で保障されます。この価格は普及量や生産コストの推移に応じて定期的に見直され、やがて減額されていきますが、既に導入された分については見直しの対象とはなりません。

要するに、申請後一定期間の売電価格が通常より高い価格で固定されるため、発電事業者が再生エネルギー発電事業を手掛ける上で採算の見通しが立てやすくなるということです。また、そうなることで安心して再生可能エネルギー関連の設備投資ができるようになります。

加えて、その売電価格は普及状況に応じて見直されるため、先行して導入する事に対するメリットを感じやすくなっているのも大きな特徴と言えるでしょう。

制度を運営していく政府としても、再生エネルギーの電力価格と通常の火力発電等の発電方式から発電された電力価格を電力会社が加重平均し、一律の電力料金を定め、国民から電気料金として回収するので、税金を使用しなくてよいというメリットがあります。

さらに、再生エネルギー価格が電気料金に転嫁されるため、国民の監視の目が厳しくなり、一部の事業者が不当に利益を得る構造にはなりづらくなります。(但し、そもそも全体の中で占める再生可能エネルギーの発電量が少ないので、当初の電気料金の上がり幅は微少といえます。)

このように、フィードインタリフは再生エネルギーという次世代型新技術の立ち上げ期をサポートし、普及促進を進める画期的な仕組みとして注目されています。

また、実際、ドイツやスペイン等、欧州各国では既に導入が進んでいます。次章ではドイツでの実績を紹介したいと思います。

【フィードインタリフの実績】

フィードインタリフの導入地域は年々拡大傾向にありますが、そのなかでも本制度をいち早く導入して成功を収めたのがドイツです。

ドイツでは 1990年に初めて導入されたのち、2001年、2004年と二度の改正を経て、現在の制度になっており、結果的に 2007年時点で、全電力消費量の 14.2% を再生可能エネルギーで賄う事に成功しています。(日本の場合、水力発電を入れて 10% 前後、水力発電を除くと 3% にも満たない状況です。)

また、本制度の施行によりドイツ国内での太陽電池需要が盛り上がった結果、太陽光パネルでは、Q セルズといったドイツメーカーが生産量首位に躍り出て、2000年時点で世界の約半分を占めていた日系メーカーのシェアは、1/4 まで落ち込んでしまいました。

その間、日本ではどのような取り組みが行われていたかというと、電力会社や消費者に一定割合の利用義務を課す RSP 法と余剰電力の買取です。利用義務が課されているので、無理のない範囲で導入は進むものの、余剰電力の買取価格も通常の買取価格と同等である上に、電力市場の動向で価格が変動してしまうため、発電事業者からすると、投資リスクが高すぎて、なかなか高価な設備投資をしてまで再生エネルギー発電事業に踏み切るという環境にはありませんでした。

しかし、冒頭でもお伝えしたとおり、再生可能エネルギーを、電力会社が約10年間にわたり、従来の 2 倍の価格(1kW あたり 50 円弱)で買い取るという日本版フィードインタリフが経済産業省より発表されています。定期的な見直しの有無や制度運営の財源等、詳細はまだ発表されていませんが、今後の国内での太陽電池産業の活性化に繋がるものとして期待しています。

【自動車業界におけるフィードインタリフ】

さて、日本政府より発表された経済成長戦略の原案の中では「低炭素社会」の実現に向けた施策の一つとして、ハイブリッド車や次世代自動車の普及も挙げられています。次世代自動車の中でも、今年から発売される電気自動車は、各地方自治体が導入を発表していますが、一般の消費者、民間企業が購入するにはまだまだ高価な代物です。

さらに、電気自動車は再生可能エネルギーの持っていた価格の問題以外にも、航続距離が短いといった使い勝手の問題を抱えています。そのため、短い航続距離をカバーするために、急速充電器の設置を進めることや、そもそも急速充電器を必要としない乗り方として、パークアンドライドを促進するというような様々な工夫が必要だと言われています。
しかしながら、これら電気自動車の価格の問題、使い勝手の問題も再生可能
エネルギー同様、「鶏と卵」の状況にあると言えます。

価格面については、電気自動車に搭載されているLiB(リチウムイオン 2次電池)の価格が高額であることが業界の課題であり、そのコストダウンを図るためにも大量生産を行える環境を整備することが求められています。

また、使い勝手の面においても、電気自動車が普及しなかった時のリスクを考えて急速充電器の設置が進まない、電気自動車の特性に見合った利用方法を推進する事業者がいないといった状況にあると考えています。

もちろん、電気自動車普及のファクターはそれだけではありませんが、5 年後に電気自動車がそれなりに普及していると確信できれば、LiB 価格の低価格化や急速充電器の設置、使い勝手向上に向けた取り組みも促進されるはずです。

こういった電気自動車における「鶏と卵」の状況を打破するために、政府からは導入時の助成金であったり、自動車関連税の免除等、様々な優遇策が発表されていますが、日系メーカーの競争力が低下してしまった太陽光パネルと同じ轍を踏まぬよう、更に効果的な政策の導入が期待されているといえるでしょう。

<尾関 麦彦>