麦のエコ路地散策(9)  『ウォーターフットプリント』

昨今、新聞、雑誌、TV等で見かける環境用語を取り上げ、自動車業界との関係を探っていくコラムです。

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第9回 『ウォーターフットプリント』

以前、このコラムで『カーボンフットプリント』という取り組みを紹介したことを皆様覚えてらっしゃいますでしょうか。『カーボンフットプリント』とは、ある製品が製造されてから消費者の手元に届く過程で生じた、C02 排出量を足跡として製品に記載する取り組みで、この活動を促進する事で企業の CO2排出量削減努力が製品の魅力として消費者に訴求されることになります。

そして、この『カーボンフットプリント』の水バージョンが、今回、本コラムで取り上げている『ウォーターフットプリント』であり、まだまだ取り組みが始まったばかりではありますが、その概要についてご紹介したいと思います。

【LCAとウォーターフットプリント】

『カーボンフットプリント』、『ウォーターフットプリント』といった取り組みの根底にあるのが LCA (ライフサイクルアセスメント)という考え方です。

LCA とはある製品のライフサイクル(資源調達から製造、販売まで)の過程で、その製品がもたらす環境負荷を評価しようとする取り組みで、1960年代にコカコーラ社が飲料容器の環境評価を行ったことが始まりと言われています。LCAにおいて評価の対象となる環境負荷要素は、エネルギー消費量、廃棄物発生量、CO2、SOX、NOX 等、多岐にわたりますが、最初はこれらを満遍なく減らすことが目的とされていました。

しかし、上記の環境負荷要素は往々にして、一方を減らすと、他方が増える、例えば、排出物を焼却する事で廃棄物発生量が減るが、エネルギー消費量や CO2等は増える、といったようなトレードオフの関係にあり、LCA の評価方法についての議論がまとまらない状況が続いていました。

要するに、環境負荷要素の中でも優先的に対処すべきアイテムが明確に定まっていなかったために、重み付けが出来ていなかったのです。

しかし、近年になって地球温暖化問題への関心の高まりに伴い、CO2 排出量削減に重きを置く事でこの LCA の議論がまとまり始め、「カーボンフットプリント」という形で、LCA の限定的な取り組みが開始されました。

そして今、LCA の次のターゲットとして取り上げられているのが、「水」というわけです。人口増加に伴う世界的な水資源問題は深刻であり、地球温暖化問題の次の環境課題として挙げられています。2009年 7月には製品のライフサイクルにおける水資源の使用状況を明確にする「ウォーターフットプリント」の国際規格化に向けて、国際標準化機構(ISO)が具体的な検討を始めました。

【日本の水資源問題を明らかにするウォーターフットプリント】

「世界における水資源問題が深刻である。」と言われても、日本では蛇口を捻るだけで良質な水を使用する事ができ、あまりピンと来ないかもしれません。「水資源問題はアジア・アフリカといった人口が増え続ける一部地域の問題なのではないか?」この疑問を考えるうえでは、ウォーターフットプリントの概念を理解しなくてはなりません。

製品のウォーターフットプリントを明らかにする事で、輸出入の中でどれだけの水が製品と一緒に国境を越えているかを算出できるようになります。具体的には、食料自給率の低い日本は生産する過程で水の消費量が大きい(ウォーターフットプリントの値が大きい)穀物を多く輸入している事から、水を多く輸入している事になります。

東京大学生産技術研究所の試算によると、日本の輸入穀物全体のウォーターフットプリントは毎年427億トンに及ぶ事から、実質日本は毎年427億トンの水を輸入している事になります。

一方で、日本の輸出を支える自動車を含む製造アイテムのウォーターフットプリントは毎年13.9億トンの輸出超過でありますが、穀物を通じて輸入される水が膨大である事から、依然日本は海外の水資源に頼っている事になります。(製造業では工業用水を利用しているので、一概に比べる事はできませんが。)

更に、東京大学生産技術研究所の調査では日本に輸入される水資源の内、非循環地下水(いずれ枯渇する地下水)から来るものが7%含まれているとの事です。

要するに、日本が海外の水資源に頼っている以上、世界的な水不足問題はいずれ日本に大きな影響を与えるものとなります。仮に現在の需給バランスの中で 1 トンの水の価値が 100 円上がると日本全体で約 4 兆円の貿易赤字を背負う事になるのです。(ウォーターフットプリントには河川水や降雨による水も含まれており、これらの水の価値を含めて 100 円 / トン上がった場合です。)

【自動車業界とウォーターフットプリント】

既存の自動車が生産される過程で、どれぐらいの水資源が使われているかというと、平均で約 64トン/台との統計が出ております。

この 64 トンという数字は、ビール大瓶 6,277本分、日本酒一升 1,218本分に該当します。また、自動車を 10年で償却すると考えると一日当り 18kg の水を使用している事になります。これは日本人の生活で一日当り使われる水量の15 %に該当するため、決して少ない数字とは言えません。

具体的に 64 トンの内訳ですが、組立の際に使用される水量は全体の約 1 割程度に過ぎず、残りは部品の製造、素材の加工、原料の調達の過程で使用される分になります。まさに自動車の部品点数が多いことが、このような状況を生み出しているわけであり、実際に自動車という製品のウォーターフットプリントを正確に把握しようと思ったら、如何にバリューチェーンの上流の情報を収集 / 管理してくるかが重要になってくるでしょう。

そういう意味でも、ウォーターフットプリントの算出は自動車メーカー単独で取り組める問題ではなく、業界全体での取り組みが求められる事になります。(これはカーボンフットプリントも同様です。)

また、今後、電動化・軽量化の進展に伴って水使用量が増加することが懸念されます。精密機械や化学製品はその製造、生成の過程で多くの水が使用されます。実際、携帯電話を一台製造するのに 1 トンの水が必要とされ、自動車と比べた場合でも、体積あたりの水使用量は非常に高くなっています。

今後、電気自動車やハイブリッド車の量産が進展するのに伴い、自動車業界における水の使用量も増加することが見込まれます。

【多様化するLCAへの対応】

このような LCA への対応は企業を跨った体制構築が必要であり、取り組むことへのメリットも現時点ではなかなか見えづらいため、まだまだ限定的な取り組みと言えるでしょう。

しかしながら、環境問題に対する世界的な関心の高まり、そして、自動車業界の社会的責任の大きさを考えると、早い段階から将来に向けて、業界をあげ、かつ他業界をリードするような取り組みの形を模索していく必要があるものと考えます。

<尾関 麦彦>