インテグラルに作り、モジュラーに売り、インテグラルに稼ぐ



◆独 BMW、他社へのエンジン供給を検討。ライトホーファー CEO が明らかに ダイムラーのツェッツェ CEO も、BMW とエンジンなどで提携交渉中と認める

<2007年 11月 26日号掲載記事>

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【エンジン外販のリスク】

BMW がエンジンの外販事業に乗り出すという(但し、ソースは週刊誌で真偽は不明)。BMW の M は Motoren (エンジン)であり、かつてはエンジン専業メーカーだったわけだから、エンジンを外販すること自体は原点回帰のようなものであり、いすゞやホンダなどエンジン外販を事業の柱の一つに据えている
自動車メーカーも存在するのだから特段に異例なことには見えないかもしれない。

だが、いすゞの完成車ビジネスは、カミンズやデトロイト・ディーゼルなどエンジン専業メーカーから調達したエンジンを組付けたシャシーに、日本フルハーフや新明和工業などのコーチビルダーが製造するボディを搭載するといった、比較的水平分業型のモジュールに近いものづくりや買い方が普及している大型車を事業ドメインにしている。

従って、いすゞの完成車ビジネスは、もともとその付加価値のかなりの部分が外部流出していることになり、エンジンの外販によって新たに失う部分が乗用車メーカーに比べたら小さいと考えられる(もちろん、外部流出している付加価値を取り返すために完成車ビジネスを強化するという方向性はありうる)。

また、ホンダもごく一部を除いて外販しているエンジンの大半は産業用の汎用エンジンである。原則として完成車ビジネスの付加価値を減少させない業務スコープ内での外販に絞り込んでいるわけである。

これに対して BMW の場合は、エンジンの外販によって完成車ビジネスの付加価値が減少する可能性が高い。同社の商品力・ブランド力の源泉の一つがエンジン(とりわけ世界的にも少なくなった直 6 ガソリン・エンジン)であり、そのエンジンを手に入れるためにエンジン代以外の部分にも大枚をはたいて完成車を購入している顧客も多いと考えられるからである。

BMW のエンジンを搭載して価格を割安にした米国車が登場すれば BMW の顧客の一部はそちらにシフトするかもしれない。結果として、従来完成車であれば単価 5 万ドルを取れたはずのものが、エンジンの OEM 供給単価 5 千ドルに低下してしまうということがありうるからである。しかも、供給相手の一つが最大のライバル、ダイムラーだというから尚更で、本件記事に注目する理由はそこにある。
【エンジン外販の目的】

では、そこまでのリスクを取ってまで BMW がエンジンの外販に乗り出すことが本当だとしたら、その意義はどこにあるのだろうか。過去の事例に照らし合わせると一般的には二つの可能性が考えられる。

第一に、コスト・リスク・リードタイムの軽減が考えられる。

実際、自動車業界では、上述の大型車の世界に限らず、乗用車の世界でもディーゼル車を中心にエンジンの OEM 供給や共同開発が行なわれるケースがある。
トヨタは PSA と共同で小型ディーゼル・エンジンを開発し、スズキはルノー、フィアット、PSA などから、三菱はダイムラーや VW から、ボルボ・カーズはヤマハからそれぞれエンジンの供給を受けている。BMW も Mini のエンジンをかつてはクライスラーと、現在は PSA と共同開発している。
これらは全社的に見ればマイナーに過ぎないエンジンを特定の地域や車種のためだけに 1 社単独で開発・製造することのコスト、リスク、リードタイムを嫌って、そのシェアリングや外出しを意図してのものである。

第二に、完成車ビジネスをこれ以上拡大させたくないのかもしれない。

エンジン単体の生産に比べて完成車を生産するためには莫大な設備投資が必要になり、エンジン以外にも広範な技術・製品開発が要求される。投資回収のため、それに見合う販売台数が必要になるわけだが、それに伴ってディーラー開発やマーケティング費用も膨大になるうえに販売台数を増やしすぎるとプレミアム性を損ない、長期的な収益性が逆に低下する恐れもある。完成車ビジネスの成長をある水準で意図的に留めて、エンジン単体ビジネスに企業全体の成長のエンジンの役割を期待するという判断もありうる。

いすゞや日野が乗用車事業から撤退し、エンジン事業を強化した理由が正にそれだし、自転車の機構部品メーカーであるシマノが自転車本体の製造に手を出さない理由や、CPU の独占メーカーであるインテルが PC本体事業に全く興味を示さない理由もそこにある。最近、三洋電器が家電事業を縮小し、家電事業のコアでもある電池に資源を集中する戦略を発表しているのも同じ文脈で理解できる。

BMW の本意は、それが事実だとすればだが、上記の二つの目的のうち主に前者にあり、多少は後者も念頭にあるというところではないだろうか。
【製品アーキテクチャの位置取りを変えて収益性を向上させる】

これら二つはいずれも守りの戦略である。だが、理論的にはもう一つ攻めの戦略の可能性も考えられる。
「製品アーキテクチャの位置取り戦略」を見直して収益性の抜本的向上を意図している可能性である。

上記に引用したシマノについては、以前本誌で触れたことがある。(2007年4月の本誌 155 号「インテグラルとモジュラーの共生を考える」

そこで何を述べたかといえば、東大ものづくり経営研究センターの藤本隆宏教授の分析を引用して、「製品内部は徹底してインテグラル(専用部品との摺り合わせ型)設計にしながら、製品外部とのインターフェースは敢えてモジュラー(汎用部品との組み合わせ型)設計にした方が、内外ともにインテグラル設計あるいはモジュラー設計で一貫させたときよりも収益性が高まる」という内容で、その代表例にアイシン・エィ・ダブリュの AT やシマノの変速機を取り上げた。専用設備での内製に拘るインテルの CPU も同様と考えられる。
(因みに内外を逆にして、内側はモジュラーでも外側がインテグラル設計になっている場合も同様に収益性は向上し、その代表例をアスモのモーターに見ることができると述べたが、最も分かり易いのはブロック玩具のレゴであろう。マーケット・リーダーならではの製品戦略であり、トヨタなど成功しているマス・メーカーの多くが採用している戦略である。)

シマノの製品それ自体は高度に統合されたテクノロジーの塊になっており、その中身に第三者が入り込むことができないブラックボックスになっているものの、だからといってシマノ専用にチューンした製品としか対応できないような接点設計にはなっていない。

自転車本体の全体構造の中で、シマノの製品は他の製品とどんな風に組み合わせても必要な性能・機能を発揮できるようになっており、逆に他のどんな製品とどのように組み合わせてることもできる汎用的な外部接点を持つ設計にしているからこそ、多くの自転車メーカーが高くても喜んで買うという事業構造作りに成功しているのである。

つまり、「インテグラルに作って、モジュラーに売る」という「アーキテクチャの位置取り戦略」によって、シマノの収益性が高まっていると考えられるのである。

だが、シマノの位置取り戦略は、自転車本体が全体としてモジュラー型の製品アーキテクチャを持ち、完成車としての自転車本体は付加価値が低い業界だからこそ収益性の向上を生んだものと考えられる。
全体がインテグラル型の製品アーキテクチャを持ち、完成車の付加価値が高い自動車業界において同じ位置取り戦略を取った場合、(特に BMW のような企業では)逆に収益性が低下する懸念があることは既に述べたとおりである。

それでもなお、「インテグラルに作って、モジュラーに売る」位置を取るとしたら、もう一段階先の位置取りを考えているのではなかろうか。
それが「インテグラルに作って、モジュラーに売り、インテグラルに稼ぐ」という位置取りである。

中身の統合性の高いエンジンを作りながら、どんなメーカー、どんな車種にも採用できるように、縦でも横でも斜めでもどんな風に置いても求められる性能が発揮できるようにする、プロトコルや CAN は汎用にしておき、どんなエンジン部品とも接続性・互換性があるようなインターフェースとする。

そこまではシマノと同じだが、エンジンのポテンシャルを最大限に発揮しようとするならば、トランスミッションとのマッチングを最適化させなければいけない、カーナビやセンサで取得した情報と協調制御させなければいけない、といったチューニングの余地が多分に残るはずである。そうした統合制御の設計・調整領域までビジネスにすること、エンジンというハードにエンジニアリングというソフトを加えることで、収益力をもう一段階高めることができるのではないだろうか。

2007年 11月 13日の日刊自動車新聞は、独ボッシュが自動車メーカーに対してハードウェアとソフトウェアの開発費を別々に算出することを求めると報じている。

昨今の自動車の性能や品質は機械の製造品質以上に、制御ソフトの設計品質に依存しており、後者に投入される工数や投資の方が膨大なわけだから当然である。
そもそも製品の特性や価値に拘らずハードの値付けである「1Kg=千円」「材料費・減価償却費あたり何個取り」といった基準を、重量も材料もなく開発さえできれば生産は一瞬でいくらでもコピーできるソフトに当てはめてきたことの方に無理がある。
自動車がソフトで動くものになっている以上、そのイノベーションを加速するためには、ソフトに正当な対価を払って、ソフト業界側の投資意欲・開発意欲を高める必要がある。

そのようにしてソフトに正当な対価を払う習慣が自動車業界に根付けば、「インテグラルに作って、モジュラーに売り、インテグラルに稼ぐ」という「製品アーキテクチャの位置取り戦略」が可能になり、大型のハード(完成車)のビジネスに留まっているよりも、小型ハード(エンジン単体)+ソフト(エンジニアリング)のビジネスの方が高収益ということもありうる状態となる。

THS (トヨタ・ハイブリッド・システム)を日産やフォードに供給しているトヨタの戦略にも共通点がある。高度にインテグラルに設計された製品を、他社製品にも搭載可能な形にパッケージ化して外販しているものの、結局トヨタ・グループの開発陣が乗り込んで製品開発を支援しないと、精密な制御はできないような構造になっているからである。
もしかすると、自社のハイブリッド完成車(大型ハード)ビジネスよりも、他社向けの小型ハード(THS)+ソフト(エンジニアリング)のビジネスの方が収益性が高いのかもしれない。
【サービス業も例外ではない】

このような「製品アーキテクチャの位置取り戦略」のオプションは、自動車メーカーやサプライヤなどものづくり企業や、企業のものづくり担当部門だけの専売特許ではない。

例えば、本コラムの次に弊社の宝来が引用しているマツダの「故障診断レポート」の外販に関しても「位置取り戦略」からの整理が可能である。

ここ数年間、自動車整備市場は買換えサイクルの長期化による保有台数の伸びに応じて僅かずつ拡大傾向にあるが、成長分の多くは新車ディーラーに取り込まれ、街の一般整備工場のシェアは長期低落傾向にある。

その背景の一つに、(先日の日経日曜版「エコノ探偵団」にても筆者が触れたことだが)、自動車の電子制御が進み、OBD Ⅱ(車載故障診断機)搭載者やハイブリッド車など専用の電子的な設備・システムを持っていれば一瞬で不具合の位置と内容・程度を判別できるが、そうでなければ外から機械的な不具合を探しても見つからないことが多くなったこと、新車ディーラーはそうした設備・システムを有しているが、投資のコスト・リスクの面で一般整備工場への導入が遅れていることがあげられる。

ということは、新車ディーラーのサービス工場にとって「故障診断」とは、整備・修理作業全体を取り込むトリガー、付加価値の増大の武器になっているわけで、「エンジンの魅力で完成車が高値で売れる」 BMW と同じ構造になっていると考えられる。

となると、「故障診断レポート」を外販することは、正に宝来が指摘するように、それをマツダディーラーで入手した顧客が整備・修理作業そのものは格安の一般整備工場に持ち込まれて付加価値が流出する危険性を孕んでいるわけで、「BMW エンジンを搭載した米国車」に BMW が付加価値を奪われてしまうのと同様に、「インテグラルに作って、モジュラーに売る」ことが収益性を低下させかねないということでもある。

そこで検討すべきは、「インテグラルに作って、モジュラーに売り、インテグラルに稼ぐ」という「製品アーキテクチャの位置取り戦略」ではないだろうか。

確かに「故障診断レポート」があれば、一般整備工場でも対症療法的には整備・修理は可能かもしれない。だが、マツダ・ディーラーに整備・修理を依頼するならば、今は問題を生じていなくても不具合の大元になりかねないようなところまで遡って手直しの提案をすることも可能ではないだろうか。
例えば、「エンジン・マネジメント・システムのプログラムを顧客の使用環境や運転スタイルに合わせて(より好燃費、より俊敏などの仕様に)書き換える」、「メーカー保証も付く」といったソフト面での付加価値を付けることである。

そのために本来インテグラルなコア情報である「故障診断」を「レポート」という敢えてモジュラーな形式に書き換えて外販するのだということであれば大いに野心的な取組みであり、アフターマーケット領域はもちろん、様々な業種や業務範囲において、「製品アーキテクチャの位置取り戦略」を通じて収益性の向上やイノベーションの余地が残されていることに期待が持てる。

<加藤 真一>