戦略から考えるデザイン (2)  『新車開発における組織マネジメント』

自動車業界におけるデザイン分野の戦略的マネジメントのあり方について探求していくコーナーです。

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第 2 回 『新車開発における組織マネジメント』

【自動車デザインの変化】

7年振りのフルモデルチェンジを遂げ 6月 22日に発売された新型 C クラスは一昨年に発売された S クラスから始めたメルセデス・ベンツの新しいデザイン哲学である「レス・イズ・モア」の第 2 弾となるものである。

「レス・イズ・モア」とは余計な要素を出来るだけ排除し、より少ない要素でより豊かに表現するというデザイン標語であり、20 世紀のモダニズム建築を代表するドイツの建築家、ミース・ファン・デル・ローエが残したものである。
ミースがデザインしたバルセロナ・チェアはシンプルな直線で構成される座面と曲線の椅子足を組み合わせたものでモダンデザインの傑作として広く知られており、TV や雑誌でも幅広く紹介されたり使われているので、誰しも一度位は目にしているのではないだろうか。

メルセデス・ベンツというブランドはその伝統と独自性から強固なブランドアイデンティティを既に構築していると考えるのが一般的だろうが、デザイン担当責任者のペーター・ファイファー専務取締役は、自社のデザイナー達に対して常に新しいモデルでのオリジナリティを求めているのだと言う。

最近の自動車業界の新車開発では、運動性能や環境技術に並んでデザインについても商品戦略の重要なファクターとなっている。端的な例では、三菱自動車のアイのエクステリアデザインは繭をモチーフにするなど、従来では実現が難しいとされていたデザインと技術の融合が進んでいる。

本コラムでは、この時代の変革の流れを支えている新車開発の組織マネジメントについて述べたいと思う。

【新車モデル開発の組織マネジメント】

日本の自動車メーカーはターゲットカスタマーによって様々な商品ラインアップを取り揃えており、現在、乗用車だけでも 150 車種を超えるクルマが日本市場で販売されている。これだけの数の車種を取り揃えるため日本の自動車メーカーの開発体制はチーフエンジニア制度(主査制度)を中心とした組織マネジメントによって支えられてきた。

チーフエンジニア(CE)制度とは、1953年の初代クラウンの開発プロジェクトに導入されたのが始まりとされているものであり、ライセンス生産ではなく、あくまで自社開発に拘ったトヨタが、異業種である航空機の製品開発におけるマネジメント手法を取り入れたものである。

航空機のエンジニアは商品の設計、技術だけでなく、エクステリアのデザインまで手掛けていたことからチーフデザイナーという呼称であった。また、その役割は開発モデルに関する企画、デザイン、設計、試作、実験までのプロセスについてを一切の責任と権限を持ち、プロジェクトを一貫して管理・統制する役割を担っていた。

現代の CE 制度は、企業が計画した新型モデル投入計画に合わせて、ある程度キャリアのあるエンジニアの中から開発車種ごとに CE を任命している。CEは社長と同程度の権限と責任を与えられ、デザイン、ボディー、シャシー、エンジンの各分野から成る開発プロジェクトメンバーを編成する。そして、新型車のコンセプト、ターゲット顧客層、車両設計、性能、概略、原価、重量、品質目標、販売、サービスに至るまでを CE 構想として取り纏めて会社に提出する。

この CE 構想の作成に開発プロジェクトメンバーが関与することは、ビジョン、コンセプトをより深く共有することに繋がり、以降の開発過程で発生してくる各部署との折衝や問題を効率よく解決するために重要なプロセスとなる。

最近のトヨタの組織は商品開発本部の他、デザイン本部、パワートレイン本部、車両技術本部、FC 開発本部の 5本部から成り、エンジニアが所属する商品開発本部には、プラットフォームごとに 12 名のエグゼクティブ・チーフエンジニアが設けられ、車体単位の開発状況やブランド管理などを担当している。

また、従来は 19 名の CE が 50 車種以上の開発を担当していたが、原則 1 モデルを 1 人の CE が担当する制度に変更となり、37 名に増員している。この新体制は既存プラットフォームからの流用が新車開発に増えている状況を踏まえた組織変更であり、従来のタテ割り組織の開発体制よりもマーケットニーズに合わせた商品開発ができるような体制に進化させたものといえる。

自動車業界の開発における組織マネジメントは時代とともに変化し続けているが、根本にある 1 人のエンジニアに 1 つの開発プロジェクトの全責任と権限を持たせる CE 制度は普遍的なものであるといえる。

【一貫性と効率性に秀でた組織マネジメント】

上述した通り、CE 制度においては CE に責任と権限が一任されるため、開発過程は 1 人 1 人異なるアプローチとなる。その 1 つの事例としてマツダのロードスターを取り上げたい。

尚、マツダでは CE を「主査」という呼称にしているので、以下は主査で記している。
現在、新車で購入できるロードスターは 3 代目モデルになる。一般に主査が変わるとクルマのコンセプトが変更されてしまうことが多いため、3 代目モデルの主査はそれを避けるべく、初代ロードスターで掲げられたコンセプトである「人馬一体」を開発チームに浸透させることを先ずは徹底した。

開発メンバーの間でコンセプトイメージを共有するため、コンセプトの感性領域を 6 つにカテゴライズし、その構成要素を具体的に明示した。

・「視る」 :緊張感と躍動感、飾り立てない機能美
・「触る」 :しっくりくる操作系の感触、節度感のある操作系のタッチ
・「聴く」 :走りと音のリニア感がある、スポーツカーらしい低周波音
・「走る」 :しっかりした乗り味、適度な風の巻き込み
・「曲がる」:軽さからくるダイレクト感、思い通りのラインを走れる
・「止まる」:姿勢を安定させるジオメトリー、安心感のあるブレーキ

上述した構成要素は一部抜粋であるが、開発メンバーのイメージを出来る限り一致させるよう詳細に表現されている。また、更なる理解の深化を実現するべく主査及びチーフデザイナーと開発メンバーの間でフォーラムや打合せが重ねられた。

また、このコンセプトを開発チーム内で浸透させるため、ロゴのステッカーをパソコンに貼り、メンバーのウィンドブレイカーの左胸にはロゴが刺繍されるというマインドコントロールにまで及ぶ徹底振りであったという。

余談ではあるが、’05年 8月に日本で発売されたレクサスもブランドコンセプトを店頭まで周知徹底させるため、サービスのユニフォームや整備工具までロゴ入りのものを用意している。このことは顧客のアピールというよりも内部への強いメッセージと捉えることが正解であろう。

プロジェクトの次なるステージはデザインを商品として具現化させることである。そこでも開発メンバーは「人馬一体」というコンセプトに徹底的に拘り、他社も含めたライトウェイト・スポーツカーの試乗を繰り返し実施した。

この試乗内容は開発メンバーが感性領域を体得するべく、いくつかの実践的な運転状況に基づき実施された。例えば、駐車場から出て一般道の本線に合流する、交差点を曲がる、高速道路で本線に合流するなど、普段、運転していると当たり前に思うようなシチュエーションから目指すべき新型モデルを築き上げていったのである。

このように企画から商品化まで開発コンセプトを一気通貫して実現できていることは一重に、主査制度という組織マネジメントがあるからに他ならない。

単に主査(CE)というポジションを会社に設置することは簡単かもしれない。しかし大抵の場合、経営者にとっては単なる部長クラスと同等の立場に感じ、プロジェクトチームで進めたことが事あるごとにひっくり返ってしまう。そうなれば主査が持つ本来の責任と権限が揺らぎ、全く意味を為さない組織マネジメントとなってしまう。

ロードスターの事例を通し、主査(CE)がプロジェクトを統括する立場として絶大なるリーダーシップを発揮し、企画開発段階から一貫したコンセプトの下、開発チームのデザイナー、エンジニアらが一体となって推進する組織マネジメントが確立されていることが分かる。

一貫性があって、各部署との折衝も極力少なくて済むという効率性を両立できる組織マネジメントは戦後、自動車業界の成長と共に熟成されてきたものといえる。

【自動車業界の常識は示唆】

大企業の場合、組織は部門毎のタテ割りで構成されているのが一般的であるが、自動車業界のように 1 つの新規開発案件に対して各組織から開発プロジェクトに選抜されたメンバーが各部署間の隔たりを徹底的にミニマイズし、自分達の本当に欲しい商品のために心血を注ぐといった組織マネジメントは今後ますます拡大していくものと思われる。

異業種においても自動車業界同様の商品開発の組織マネジメントと同様のコンセプトによって好業績を上げている企業がある。

昨年 12月にジャスダックに上場した新興の不動産ディベロッパーのプロパストは商品開発においてプロジェクトマネジメント制を導入している。同社の組織には企画、仕入、販売等の専門部署は無く、物件ごとにプロジェクトチームが編成され、マネージャーは最初から最後(販売終了)までの責任を負う。

チームマネージャーとなる企画開発事業部には全社員のおよそ 75% が在席しており、自分で土地の情報を収集し、その土地の風土や特色を踏まえたアイデアを企画する。それを社内の経営会議に掛けて承認を得られれば、建設業者の選定から、販促の広告や販売方法まで全てを取り仕切る。

タテ組織で起こりがちな他部署のせいには一切できないマネジメント体制が敷かれており、プロジェクトマネージャーはその責任の大きさから高いモチベーションを維持している。

結果、同社が手掛ける物件は販売と同時に完売を続け、中古物件に至ってはマーケット全体がマイナス成長となっているにも関わらず、調査した 13 件の物件中、11 件で新築時よりも価格が上昇しているという。

自動車業界と不動産業界という異なる業界において同様の組織マネジメントが結果を出していることの要因としては、実際にクルマや家を購入する顧客が購入したあとのライフスタイルを思い描き、開発メンバーの想いを購入者が共有できたからではないだろうか。
家も自動車も個人にとっては人生における大きな買い物であり、安易に買えるような代物ではなく、時間を掛けて迷いながら、商品をよく吟味した上で購入を決定するものである。

それだけに手掛ける 1 つ 1 つの商品にかける開発者の想いを商品で表現することは、商品の競争力を高めることに繋がり、それを下支えする組織マネジメントは必要不可欠だと考える。

【想いを伝える大切さ】

商品開発コンセプトは市場調査、ターゲット顧客のライフスタイル調査などから決定される。そしてデザインはそのコンセプトを商品化する最初のステップとなる。新型モデルごとの個性が重視されている現代においても、エンジニアリングとの融合性を無視したデザインはナンセンスであるし、また一方ではコラムの冒頭に述べた通り、デザインは性能や技術といった実用性に並んで重要な商品戦略の差別化要素となっていることも事実である。

しかしながら過去に航空機メーカーにおいてエンジニアにデザイン力を求めなくなったように、デザイナーにエンジニアの能力を求めることには限界があるだろう。

その時に助けとなるのは組織力になるのではないだろうか。デザイナーとエンジニアが相互の業務の理解を深め、協力し合える体制を築くこと、それを支える組織マネジメントを整えることが必要であることは間違いないだろう。

商品企画開発、設計、製造に加えて販売まで一気通貫した形で消費者に訴求するデザインが必要となっている流れは今後も進むものと思われる。それを支えるのは開発に携わる人であり、その環境を整える組織マネジメントは異業種の企画開発においても同じことが言えるのではないだろうか。

<大谷 信貴>