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コラム

アフターマーケットの成功者たち(3)『ひまわりコーポレー…』

今や、国内製造業の屋台骨とも言える自動車産業。国内11社の自動車メーカーの動向は毎日紙面を賑わしている。

しかし、消費者にとって、より身近な存在と言えるはずの自動車流通市場については、あまり多く知られていないのも事実である。

群雄割拠の国内の自動車流通・サービス市場において活躍する会社・人物を、この業界に精通する第一人者として業界内外に認められる寺澤寧史が、知られざる事実とともに紹介する、新コーナー「アフターマーケットの成功者たち」。

第3回は、中古車販売店のひまわりコーポレーションを紹介する。

第3回『ひまわりコーポレーション』
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新車ディーラーの営業マン一人あたりの月間販売台数が 4~ 5台といわれる中で、一人あたり月間販売台数 15台、一人あたり売上年間2億円超に達するという究極の生産性を誇る企業が存在することをご存知であろうか。

正解は、ひまわりコーポレーションである。同社は中古車販売店の業種に属する。中古車の関連では、初回でご紹介したオートオークションのユー・エス・エス、買い取りのガリバーインターナショナル、輸出のアップルインターナショナルやアガスタなど上場企業が続々と登場しているものの、肝心の中古車販売店では上場企業は大阪のハナテン、東京のケーユーの2社のみという状況である。中古車販売店の実態はよく分からないというのが、多くの読者の率直な意見ではないだろうか。

今回紹介するひまわりコーポレーションは、大阪市鶴見区安田にあり従業員数13名の小規模中古車販売事業者に過ぎない。このような小規模中古車販売事業者であるひまわりコーポレーションが、中古車販売業界において抜群の知名度を勝ち得ているのは前述した究極の生産性によるところが大きい。一人当りの年間販売台数約 180台、年間売上高約 2 億 5 千万円と中古車販売業界における生産性は日本一である。

今回は、ひまわりコーポレーションが、どのようにしてこの生産性日本一を手にすることができたのか、創業者の豊田昭博氏の生い立ちとともに眺めてみることにしよう。

自らを商人(あきんど)と称する豊田昭博氏であるが、10 歳の時には既に商人になろうと決心されていたという。

10 歳といえば、小学校4年生であるが、豊田少年は、父親が口癖のように言っていた「商い以上にいいものはない」に従い、「商い」を始める。自宅の近くの池で蓮根を掘り、隣町で安く販売したという。これが面白いように売れたらしい。商売の面白さを知った豊田少年は、豆腐、花、こんにゃくなどを仕入れては売り歩くということを通じ、商いで儲けることの喜びを体験していったのだという。

中学生の頃には、大人の運転手を雇い、鉄くず、鋳物などの収集販売や、仕入れた牛を、育てて売ったり、自家製の大根漬を漬物屋に売りに行ったりした。これらの青春時代の経験全てが、現在のひわまりコーポレーションを支える商人哲学の原点となっているのではないだろうか。

さて、ひまわりコーポレーションは、この豊田昭博氏が 25 歳の時に、7年間勤務していた三菱自動車の販売会社を経て、115 万円の資金で独立し、1979年に前身のスタンダードモーターズを大東市に設立したことに始まる。

スタンダードモーターズの社名の由来は、中古車販売業界のスタンダードになるというものであった。設立当初は水道、電気、電話、トイレもないといった状態からのスタートであったが、日本の中古車は俺が担うのだという熱意だけが支えとなっていたという。

ひわまりコーポレーションのホームページにも書かれていることであるが、「最初のお客様の注文を戴くのに、左手に懐中電灯、右手で注文書を書いた」とある。当時は、こんなお店で注文して大丈夫かなと不安な気持ちに駆られたお客様もあったことであろう。

最初の販売車両は8万円の軽自動車で、豊田氏は納車日までに内外装、エンジンルームをピカピカに磨き上げてお客様に引渡したという。

おそらく、お客様は当時のスタンダードモーターズのみすぼらしさから、上質なサービス(心遣い)が受けられるなどという期待は持っていなかったはずである。

予想外のサプライズがあったとき、お客様は喜び、感動、感謝の言葉を発するものである。

当然のことながら、このお客様からは、大変感謝されたのだという。

この経験が、「商売以上にいいものはない」の思いをさらに強固なものにしていったと豊田社長は語ってくれたことがある。

個人商店として独立した翌年の 1976年には、現在のひまわりコーポレーションの原点をもいえる、適正展示小売価格(エブリデー・フェアプライス)を導入し、表示価格から一切の値引きを行わない販売手法を既に確立していたのであった。

最近でこそ、エブリデー・ロープライスを標榜する小売店も多くなってきているが、ひわまりコーポレーションはおよそ 30年近く値引き販売をしないことを守り続けている稀有な中古車販売業者である。

1993年に社名をひまわりコーポレーションに変更、それまで3箇所あった中古車展示場を鶴見区の安田に 3,000 坪、300台展示可能な大型販売拠点を開設したのであった。

ひまわりコーポレーションには、ひまわりのように誰にでも知ってもらえる花のようになりたい、親しみを持ってもらいたい、ひわまりは太陽に向かって咲くように、我々も常にお客様に向かって暖かい眼差しを向けていたいという願いが込められている。

スタンダードモーターズとして創業以来、豊田昭博氏の中古車販売事業の一貫したポリシーは、ひまわりコーポレーションの願いにあるように顧客本意に徹し、「うそ、いつわり」は絶対にしないということである。

その考えをもっとも具現化した言葉が、前述したエブリデー・フェアプライスであり、そういった信念を纏めたものが年 2 回豊田社長自らの手によって改定される Himawari Way である。

そしてこの Himawari Way に記載されている信念こそが生産性日本一を可能にしているのではないかと筆者は推測している。

最近のHimawari Wayの「価格の納得性」の中にはこのように記載されている。

「お客様が私たちの店を選ばれるのは、適正価格で販売するという姿勢が受け入れられているということです。質の高い価値を提供いたします。価値とは売り手が決めた絶対的価値とお客様の感じる価値があります。商品・サービスの価値が支払う金額よりも高いと感した時、購買を決定していただけます。」

この言葉の中に、ひまわりコーポレーションが標榜する、常にお客様に向き合っていたいと願う豊田昭博社長の強い決意のほどが窺われる。

2002年にサービスを開始した買い取り10 は、オークション相場(成約価格)を買い取り価格に設定し、ひまわりでの販売価格を基本的に 10 万円だけ上乗せして小売するシステムとなっている。

ひまわりコーポレーションでは、これまでのオークション仕入れから、この買い取り 10 による仕入れにシフトし、買い取り日から6日間で売り切るという回転率の高さで収益を確保する戦略に切り替えている。

豊田昭博氏の言葉を借りれば、「一人のお客様は年間 10 万円の利益をもたらしてくれます」とのことで、10 万円の利益で販売した車でも一年後には、20万円の収益を稼がせてもらえるということになる。

このように確実に収益を稼ぐ仕掛け作りが、Himawari Way の中には凝縮されているのである。

前述したエブリデー・フェアプライスのほかにも、1983年から実施している一人一分社システム、ブースチェック制度、チーム制の導入など、社員一人一人が自ら収益計画を立て、自分の報酬を決めるシステムが組まれている。

そればかりか、お客様へ向き合う姿勢も詳細に記載されており、社員一丸となって対応しているのである。

その情報はひわまりコーポレーション内でガラス張りになっているのは勿論のこと、ホームページ上でも情報公開されているといった徹底ぶりである。

このようにして社員一人一人が明確な業績目標をもち、経営参画意識を持たせることで、仕入れから販売、アフターサービスに至るまでのロングレンジで見渡せる人材が育成されているところに同社の強みがあり、社員一人あたり売上2億円超を長期に渡って実現可能ならしめているのである。

「寺澤さんね、私は会社で遊んでいるようなものですわ。何をしなくても皆が勝手にやってくれるんですわ。だけど、脳みそは 、 汗をかいとりまっせ。人の 3 倍は使っとるんとちゃうかな」と穏やかな表情で話す豊田社長であるが、Himawari Way は年々進化を続けている。

来年の Himawari Way を心待ちにしているのは私だけではあるまい。ひまわりコーポレーションの次のサプライズが楽しみである。

<寺澤 寧史>

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