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コラム

新しい発想にどう向き合うか

◆インドのタタ自動車、2200ドル(約26万円)の格安乗用車、来年に市場投入へ

<2007年04月08日号掲載記事>

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【インドの自動車産業】

中国に次ぐ市場として注目されるインドの自動車市場は 2003年度に 100 万台を突破し、2005年度には 149 万台まで拡大しており、アジアでは中国、日本に次ぐ市場となっている。市場のうち、商用車や MPV、UV を除いたいわゆる乗用車の占める割合は約 60 %であり、中国が 50 %弱ということを考えると乗用車中心の市場ということができる。

乗用車市場では 8 割近くを小型車が占めているが、このような乗用車中心、中でも小型車中心の市場構造となっている現状には、日本車メーカーであるスズキが早くからインドへ進出したことが大きく関係している。

小型国民車構想のもとにスズキとインド政府の合弁により設立されたマルチ・ウドヨグ社は、主力車種として 83年に導入したマルチ 800 が爆発的人気を博し、89年には約 6 割の市場シェアを有するに至った。

現在、現代、トヨタ、ホンダ、GM、フォードといった競合メーカーもインドに進出してきているが、2005年度における乗用車と MPV、UV をあわせた場合のマルチのシェアは 45 %と現在でも圧倒的な存在感を示している。

マルチの代表的な車種であるマルチ 800 の価格は 20 万ルピー(約 54 万円)をやや超える程度で、インドでは最も廉価であるが、インドでは年収が 20 万ルピーを超える階層は全世帯の 6 %程であり、まだまだ自動車はごく限られた層だけが買える商品といえる。

今後も市場の成長性が期待されるわけだが、従来、自動車業界では GDP が 2000 ドルを超えたあたりからモータリゼーションが起こってくるというのが通説になっていた。一方で、インドの GDP は 2005年時点で、まだ 700 ドルに満たない。

マルチによる廉価車の販売がこれまでの通説を変えたと言うこともできるが、インドを初めとする新興国市場がこれまでの自動車業界の常識が通用しない市場であることは間違いないだろう。

【タタ・モーターズの格安乗用車】

さて、今回のニュースであるが、現在マルチに次いで 16 %のシェアを持つ民族系自動車メーカーであるタタ・モーターズは、かねてより、発表していた10 万ルピー(約 27 万円)程度の格安乗用車を 2008年に市場投入する計画であることを明らかにした。

タタ・モーターズはインド最大の財閥グループである「タタ・グループ」の中核企業であり、乗用車ではヒュンダイ・モーター・インディアと 2 番手争いを繰り広げている。また、商用車では 2004年に韓国大宇自動車の商用車部門を100 %子会社化し、インドの商用車シェアでは 60 %以上を誇る。

タタが発表している格安乗用車はエンジンは 600cc 前後、基本機能以外は省いた 4 人乗りであり、鉄鋼価格が上昇すれば樹脂部品を多用したり、各地の整備工場などに組み立てを委託することでコスト削減を目指す、ということである。この価格設定は、現在の最廉価車であるマルチ 800 の半額程度で、大企業サラリーマンの平均年収を下回る。

この格安乗用車が市場に投入されれば、現在のマルチのシェアを奪い、従来は自動車を買えなかった層が買える車として、平均価格が 5 万ルピー程度のオートバイの市場も奪い、現在 0.7 %程度の自動車普及率を引き上げるという可能性も秘めている。

この格安乗用車の詳細については明らかになっていないが、日本の自動車業界においても関心を集めており、様々な意見、見解があることは事実だろう。

そんな安値で自動車を販売して利益が出るのか、また、最低限の安全性能や快適性能を考慮すると、そのような価格で販売することは不可能であるという懐疑的な見方や、画期的なコスト削減手法が用いられているなら知りたいという肯定的とまではいかなくても、前向きな関心を示した声など様々である。

しかし、総じていうと、現在の自動車業界の常識に照らすと、ありえない、現実的ではないという声が大勢を占めているようである。しかし、先程述べたとおり、新興国市場はこれまでの常識が通用しない市場でもあり、実際にタタの格安乗用車は市場投入されるべく計画が進んでいる。

【新しい発想への向き合い方】

現在、日本のビジネス界においては、一時期のロジカルシンキングのブームを経て、常識や既成概念を疑って発想する力、クリエイティブシンキングの議論が盛んになってきている。

これらは、二者択一のものではなく併用すべきものであるが、確かにロジカルシンキングだけでは、課題・原因の究明はできても、それを解決するためのアイデアまでは導き出してくれないため、今後、日本企業の多くが成長を目指し、新しい製品、事業を生み出すことが求められることを考えると、そういった議論がなされるのはタイミング的に好ましいと思われる。

しかし、そのようなクリエイティブシンキングに関する議論を見ると、実践に当たっての視点が欠けているようにも思う。クリエイティブシンキングとは新しい、画期的なアイデアを発想したうえで、それを現実的なこととして捉え、実行に移さなくては意味がないからである。

欠けている視点として挙げたのは後者の部分であり、いかにして新しい、画期的なアイデアを発想するか、ということと同程度に、いかにして、それを現実的なこととして捉え、実行に移すか、ということが重要と思われる。

日頃、自分の頭の中で新しい、画期的なアイデアを思いついたにも関わらず、自分の頭の中で、ありえないか、と切り捨ててしまい、あとで他者が実行しているのを見聞きして、ありえたんだ、と思う。そういった経験はないだろうか。(ここでのありえるとは、アイデアが実行可能であり、且つ期待した成果を達成すること、と定義させていただきます。)

勿論、思いついたアイデアが本当にありえないケースもあれば、実はありえるというケースもあるだろう。そして、たぶん今回のニュースもそれに近いものがあると思われる。
これまでと比べて、圧倒的に安価な自動車を作れないだろうか、という発想自体はおそらく自動車の開発においては、それほど目新しいものではないであろう。しかし、現実的にはありえないと判断され、実行には移されてこなかった。(期待した成果を達成するかどうかは未知数であるが。)

また、現在のハイブリッド車の市場拡大についても同じようなことが言えるだろう。燃料電池車が次世代の環境対応車であるということが業界全体の通念であったときに、エンジンとモーターを併用するハイブリッド車という発想を持っていたのはトヨタだけではないはずである。しかし、トヨタはその発想を現実のものとして捉え、実行に移した。

つまり、新しい技術、製品、事業を開発するような場合には、新しい発想が現実的にありえるのか、ありえないのかの境目を見抜くことが、新しい発想をすることと同程度に重要になってくるのである。

そして、そのような新しい発想への向き合い方に関し、確かな判断手法というのは存在しないが、いくつか重要と思われるポイントを挙げてみたい。

まずは新しい発想に接する際の自らの態度、受け止め方を客観視することである。革新的、保守的といった自らの性質を踏まえて、自分が新しい発想に対して好意的な態度をとりがちなのか、否定的な態度をとりがちなのかということを把握しておく必要がある。

そのように客観視することで、革新的な人であれば新しい発想をあえて慎重に捉えたり、保守的な人であればあえて前向きに捉えたりと見方を調整することが可能になる。そうすることで新しい発想が現実的に映るかどうかも変化してくるだろう。

次に新しい発想に関し、上手くいくストーリーを描けそうかを確認することである。

新しいことに取り組む場合は、実際に進めてみなければわからないという面も多分にあるため、取り組む前から成功を保証するような精緻なデータ、裏づけは必要ない。但し、大まかであれ上手くいくというストーリーが描けないにもかかわらず、とにかく前に進むというアプローチではなかなか上手くいかないケースも多い。

そして最後のポイントとしては、とりあえず実行してみるということである。

新しい発想は新しいだけに先が見えない。先程のストーリーを踏まえ、トライアル的であっても実際に取り組んでみることで初めて新しい事実が見えてくるということが多い。実行してみて現実性をレビューして、というのを繰り返していくことで発想が現実味を帯びていく。

【日本自動車業界の今後を踏まえて】

今年、自動車業界で起こりそうな出来事の一つとしてトヨタの生産台数が GMの生産台数を抜いて、世界最大の自動車メーカーになることが挙げられる。トヨタだけでなく、その他の日本車メーカーも世界での存在感を増しており、名実ともに日本車メーカーが世界のトップランナーになりつつあるといえるだろう。

これまで日本車メーカーは既に米国で創り出された市場セグメントや商品企画、欧州で創り出された技術や規格を、日本が誇る生産性や品質で、つくりこむことで競争力を得るというケースが多かった。

しかしトップランナーとなったからにはそのような手法は使えず市場セグメント、商品企画、技術、規格といったことも含めて、商品を構想する能力が必要となってくることが予想される。

また、今回のニュースもそうだが、新興国が市場、生産拠点になってくると、ものづくりもこれまでとは全く異なる発想に基づき現地適応型で行う必要が出てくるかもしれない。

そういったことを踏まえると、今後、自動車産業に従事する各人がこれまで以上に新しい発想というものに接する機会が増えてくるだろう。そして、その際には、新しい発想に対しどう向き合うかということが非常に重要になってくるものと予想される。

また、大袈裟かもしれないが、その巧拙が、日本の自動車産業が現在の地位を今後も維持できるかどうかにも大きな影響を与えてくるのではないだろうか。

<秋山 喬>

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