日系自動車メーカーの新興国攻略パターンとは?

◆日産のカルロス・タバレス副社長、ロシア進出は中国での経験が参考に

<2007年07月11日号掲載記事>

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【外資系自動車メーカーが主導するロシア市場】

日産は 8日、ロシアのサンクトペテルブルク市北部で、自動車組立工場の起工式を行った。工場用地として約 168 ヘクタールの土地を確保、約 2 億ドル(約 247 億円)を投資して、年間生産能力 5 万台の工場を建設する。2009年初めには完成予定で、寒冷地で悪路が続くロシアで人気の高い新型 SUV 「エクストレイル」と、高級乗用車「ティアナ」の 2 車種を生産する。

日産以外にも、世界の主要自動車メーカーによるロシアへの進出が相次いでいる。日系自動車メーカーでは同じくサンクトペテルブルク郊外にトヨタが工場を建設中であり、三菱自動車やスズキも進出を予定している。また、その他主要な自動車メーカーでは、既にフォード、GM、ルノー、現代が単独、もしくは現地資本との合弁で現地生産に入っているのに加え、VW も進出を決定している。

このように世界の自動車メーカーの進出が相次ぐロシアの昨年の新車販売台数は約 178 万台で、前年比 23 %増を記録しており、日系含む外資系自動車メーカーのシェアは 6 割近くに上った。成長の主力はフォード「フォーカス」、ルノー「ロガン」、現代「アクセント」など現地進出で先行したメーカーの小型車であり、2001年に 9 割超だったロシア民族系自動車メーカーのシェアは、5年で 5 割以下に減少した。

ルノーとモスクワ市の合弁会社アフトフラモスのジャリニエ社長は「ロシア市場の半分は 1 万 2000 ドル(約 145 万円)以下の小型車」と指摘する。VWもチェコ子会社シュコダの小型車をベースに開発を進めているとされ、外資系自動車メーカーが小型大衆車にシフトする傾向が強まっている。

【ロシアにおける日産の意思決定】

日産のカルロス・タバレス副社長は新聞社とのインタビューにおいて、ロシア固有の政治的リスクもある中で、進出を決定した理由について「ロシアは 5年後には 300 万台の自動車が売れるようになる急成長市場であることが、進出の最大の理由である」と語っている。

日産は既にロシア市場においてノートやマイクラ等のコンパクトカーをはじめ、プリメーラ、キャッシュカイ、エクストレイルなど 10 以上の幅広いラインナップを展開しており、今年上半期は、昨年同期比 82 %増の 5 万 2000台を販売し、年末までに 12 万台を販売する目標を掲げている。

また、日産はロシアにおいて既に昨年秋からインフィニティブランドを展開しており、クロスオーバーの 「FX」、「M」(フーガ)、「G」(スカイライン)が市場投入されている。

今回の現地生産により輸入車にかかる 25 %の関税を回避できることになるが、それにあたっては、一定量の部品の現地調達が課せられる等、制約も多い。

加えて、現地部品メーカーの技術力不足による品質の低下も不安視されるが、同副社長は「中国での現地生産の経験もあるので、ロシアでも品質を落とさずに生産できると確信している」旨のコメントを行っている。

一方、現地生産する車種をティアナとエクストレイルに決定したことについては「既にロシアで知名度が高く、人気車種であること」が理由として挙げられているが、特にティアナは価格 3 万~ 4 万 5000 ドルであり、現在のロシア市場を鑑みると、トヨタのカムリ同様、現地生産の第一段階から高級乗用車を生産することとなる。このあたりは日系自動車メーカーのロシア戦略の共通項といえるだろう。

【新興国における早期ブランド確立の必要性】

日産が現地生産の車種として、市場の中心を占める小型車でなく、ティアナを選択したことは、石油などの資源輸出で得た巨額の外貨が国民の所得水準を押し上げ、利幅の大きい中・大型車市場も拡大している、というロシア固有の事情も勿論あるが、今後の日系自動車メーカーの新興国戦略というのを考えるうえでも示唆的ではないかと思われる。

それは、同副社長が中国での経験が参考になるとしてもう一点挙げた市場の競争環境がすぐに激化するという点にも関連することである。

ちなみに同副社長のコメントは「中国市場で起きている値下がり現象をみれば、日産は、実にちょうどいい時にロシアにやってきた。これから進出しようとしてもまだ遅くはないとは思うが、新車の供給不足となっている現状が 5年後も続いているという保証はどこにもない」 というものである。

今後、日米欧といった現在の主要市場は一層の成熟化が予想され、市場規模の大きな伸びは期待できないため、これまでそういった市場を主な市場としてきた殆どのグローバルプレイヤーは主戦場を BRICs をはじめとする新興国に移さざるをえない。

そのため、多くのグローバルプレイヤーが我先にとモータリゼーションの予兆が出てきた中国、ロシアといった新興国市場に集うわけだが、その結果、現在の中国市場のように、元々、需要に比べて圧倒的に少なかった供給が数年も経たずに需要を上回るという状況が生み出される。

つまり新興国の場合、モータリゼーションが一旦、開始されると、すぐに競争の激化が起こり、これまで先進国が辿ってきた過程とは比べ物にならないほどの速度でモータリゼーションが進んでいくことが予想されるのである。

そのような市場環境においては、現地生産を開始しようとする段階、つまり市場の成長期を迎えようとする段階、からその後の競争激化を見越した差別化のためのブランド構築ということを意識する必要に迫られることになる。

そして、そういったブランドに対する意識が今回のティアナという車種選択にも影響しているのではないかと思われる。また、これはホンダが中国市場において、早い段階からアコードの現地生産を開始し、その結果、小中型車に至るまで、現在でも高いブランド力を保持しているという事実とも無関係ではないだろう。

【日系自動車メーカーの新興国攻略パターンとは? 】

既に、地域に有力な自動車メーカーが存在し、主に下位セグメントからそのシェアを奪っていく格好だった米欧といった先進国市場と、ほぼ全てのグローバルプレイヤーがグリーンフィールドからのスタートとなる新興国市場では日系自動車メーカーに必要とされる攻略方法も異なってくるだろう。

その場合、今回言及したように、中大型車種の現地生産、高級車チャネルの導入といった上位セグメントへの早い段階からの注力により現地でのブランドを確立し、そのブランドを活かしたその後の量販車種の拡販という流れは日系自動車メーカーの新興国攻略パターンになるのではないだろうか。

そして、これは実際、インドにおいてトヨタとホンダが現地では高級車セグメントに位置づけられるカローラとシビックでもって実行していることでもある。現在、インドの乗用車市場の 8 割近くは 1300cc 以下の小型車であるが、今後そういった量販セグメントに注力していく際にも、上位セグメントで確立したブランドが有効に機能することだろう。

1990年に世界自動車市場の販売台数の約 80 %を占めていた日米欧の市場は2010年過ぎには約 65 %程度になることが予測されており、その他の部分は、BRICs をはじめとする新興国市場での販売台数ということになる。

今後、これまで以上に新興国戦略の巧拙が問われることになるわけだが、個別マーケットごとの対応は勿論、各市場へのリソースの配分も含めたトータルでの新興国戦略が重要になってくるものと思われる。

<秋山 喬>