三菱「i」にみる企業のポジショニングと製品戦略の整合性

◆三菱自動車、リヤ・ミッドシップの軽自動車『i(アイ)』を発売

グレードは「S」「M」「G」の 3 つ。128.1 万~ 161.7 万円。月販目標 5,000台。

◆三菱自動車益子社長、「i」の販売、『価格が大きな制約になることはない』

個人的には、定年を迎える団塊世代の需要が見込めるのではないかと思っている。小型車からの乗り換え需要なども見込む。

                     <2006年01月24日号掲載記事>

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【『i』とは】

 三菱自動車が軽自動車『i (アイ)』を発売した。『i』は、タマゴ型の斬新なデザインと、軽自動車でありながら最低グレードでも メーカー希望小売価格(MSRP) 128.1 万円で最高グレードは 161.7 万円というコンパクトカークラス並みの価格設定からプレミアム軽、もしくは軽プレミアムセグメントの開拓の動きとして話題を呼んでいる。

 ただ、価格帯的に高額の軽自動車は従来から存在している。

 例えば、スズキは「ワゴン R RR」を MSRP 127.5 万~ 153.5 万円で、ダイハツは「ムーブ カスタム」を MSRP141.7 万~ 165.3 万円で『i』以前に発売している。また、ダイムラー・クライスラーは「スマート フォーツー K」を MSRP127 万円で発売している。

 しかし、「ワゴン R RR」や「ムーブ カスタム」は、それぞれ「ワゴン R」、「ムーブ」のブランド戦略でいう既存ブランドのスコープを拡大するライン拡張戦略上の車種であり、もともと軽プレミアムセグメントに主軸をおいた車種ではない。「スマート フォーツー K」もリアフェンダーの張り出し以外は軽自動車規格を満たしていた小型車「スマート フォーツー 」のライン拡張戦略上の車種であることに加え、昨年の軽自動車販売台数シェアで 0.1 %に満たない。そして同車種は現在は輸入しておらず在庫販売のみであることから軽プレミアムセグメントからは撤退しているといえるだろう。

 また、軽プレミアムセグメントに主軸を置いた高額の軽自動車として、例えばスズキは「ジムニー」を MSRP126 万~ 158 万円、ダイハツは「コペン」をMSRP157.2 万円、さらに三菱も「パジェロミニ」を MSRP123.9 万~ 161.7 万円で販売している。

 しかし、上記車種は特別の用途に限定したモデルであり、『i』は、従来の軽自動車と比較し特殊なエンジンレイアウト構造を活かした安全性と、長いホイールベースによる居住性の向上等により、マルチユースを想定している。

 つまり、『i』とは、これまで特別な用途に限定した車種で構成された軽プレミアムセグメントを、マルチユースな切り口で開拓するクルマと位置づけることができるだろう。以降では、三菱自動車の軽自動車市場におけるポジショニングを踏まえて、『i』が、どのように軽プレミアムセグメントを開拓しようとしているかについて考えていきたい。

【既存軽自動車顧客外からの顧客獲得によるシェア向上】
 昨年 1月~ 12月のメーカー別軽自動車販売台数状況は以下のようである。

     販売台数 販売台数シェア 昨年対比(販売台数比)
スズキ  618,434   32.1 %    104.2 %
ダイハツ 588,580   30.6 %    104.9 %
三菱   161,341    8.4 %     93.3 %
スバル  149,568    7.8 %     90.3 %
ホンダ  246,842   12.8 %     94.3 %
マツダ   51,946    2.7 %    102.1 %
日産   106,450    5.5 %    127.1 %
スマート  409    0.0 %     31.6 %
その他   146    0.0 %     44.0 %
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合計  1,923,716           101.7 %
(社団法人 全国軽自動車協会連合会)

 軽自動車販売全体では 1.7 %の微増傾向にある。三菱は昨年の販売台数シェアを落としている。スズキ、ダイハツといった先頭集団に差を広げられ、日産、マツダといった後続集団に差を縮められるという苦しい状況だ。

 企業活動の根源・目的は顧客に価値を提供することであり、その実現度合いは売上高で測られる。自動車メーカーの場合は、売上高=台数×単価であるから、まずは台数増を検討することが普通である。また、台数増を狙う際にはどのような顧客層をターゲットにするかを明確にしなければならない。『i』がターゲットとする顧客層は、三菱自動車の益子社長によれば定年を迎える団塊世代と小型車からの乗り換えだ。

 軽自動車市場からすると特に団塊世代は新たな市場である。新たな市場をターゲットとしていることは『i』の価格設定にも表れている。以下にあるように昨年の軽自動車販売トップ 3、言い換えれば最も既存軽自動車顧客に支持された車種と比較し『i』の価格は最低グレードの MSRP で 30~ 60 万円程高いのである。

            販売台数  価格帯(MSRP)
1.スズキ  ワゴン R 236,701  81.9 万~ 124.6 万円
2.ダイハツ ムーブ  196,977  93.4 万~ 128.6 万円
3.スズキ  アルト  143,092  68.2 万~ 115.7 万円
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三菱 『i』     128.1 万~ 149.1 万円

 一般的に軽自動車の魅力としてあげられるイニシャルコストの低さと低燃費や税制の優遇などによるラニングコストの低さであり、顧客は何らかの理由で、クルマにはお金をかけらない、かけたくない人が多数であると思われる。つまり、既存市場をターゲットとする場合には、取らない価格戦略を取っているのである。

 その理由として、既存市場はスズキとダイハツが熾烈な争いを繰り広げており、そこをメインターゲットに据えることは、多大な人的・資金的リソースが必要とされ現在の三菱には、リソースが不足しているとも考えられる。

 そこで新規市場として選ばれたのが、今後、増加する団塊世代なのであろう。たしかに団塊の世代のライフステージは普通車サイズが必要であった子育ても終わり、夫婦が乗れる居住スペースとそこそこの荷物スペースを提供する小型車や、軽自動車への需要はありそうである。

 そして益子社長の小型車からの乗り換え需要なども見込むからは、 2 次的なターゲットとして、居住性・安全性を向上させることにより小型車からの乗り換えも狙っていることが伺える。

 しかしながら、新市場による販売台数増加は不確実なものであり、『i』の役割は、むしろ、販売台数の増加ではなく、以降で述べる単価の引き上げが主であろう。

【車両本体による台当たり単価の引き上げ】
 『i』の発売により三菱自動車が販売する軽自動車は以下の 5 車種になった。

・ミニカ    :MSRP   72 万~ 102.4 万円
・eK シリーズ  :MSRP 91.3 万~ 146.3 万円
・タウンボックス:MSRP 102.7 万~ 157.3 万円
・パジェロミニ :MSRP 123.9 万~ 161.7 万円
・『i』     :MSRP 128.1 万~ 149.1 万円

 製品ラインナップをみると『i』は、パジェロミニを除くと MSRP の最低グレードで 20 万~ 30 万円程単価を引き上げている。

 単価の引き上げ方を考えてみると、『i』は、安全性や居住性やを高めることにより車両本体価格を引き上げることで単価を引き上げている。台当たり単価の構成要素は他に、オプションや付帯サービスがあり、これらを引き上げることにより、台当たり単価を向上させることも可能である。オプションや付帯サービスは単品だけでなく製品全体で単価を引き上げるという可能性を持っており、車両本体価格を引き上げるより旨みがあると考えられなくもない。

 しかし、三菱自動車が車両本体価格により台当たり単価を引き上げたのは以下の理由があるのではないだろうか。

<販売力の弱さ>
 オプション販売により単価を高めるためには、現場での販売力が重要になるが、J.D.パワーがまとめた 2005年自動車セールス満足度(SSI)調査で三菱は業界平均を下回っている。軽自動車市場に参入するメーカーの順位は高いほうから、ホンダ、日産、マツダ、三菱、スバルである。ホンダ以外は業界平均を下回っている。

 また、直接的ではないが新車販売にも影響するであろう 2005年日本軽自動車サービス満足度調査においても、三菱は業界平均を下回っている。ランキングの順位は、ホンダ、日産、ダイハツ、三菱、スバル、スズキである。

 J.D.パワーの調査結果が全てではないが、三菱の販売力は弱くメーカーが直接的に関与可能な車両本体で単価を引き上げたとも考えられる。

<リソース不足>
 オプションを販売すると、それだけセールスのクロージングに時間がかかるし、セールスマンの人員も必要になる。再建を進める三菱には、それだけの人的リソースや、結果をだすまでの時間が不足しているのではないだろうか。

<投資負担を減らす>
 オプションや付帯サービスで売上を向上させるには、セールス担当者、販売体制といったディーラーにおけるソフト面だけでなく、ショールームや商談スペースといったハード面までの工夫が必要になる。レクサスは店舗や人材育成に 2,000 億円を投じたとも報じられている。ソフトやハード面での投資額と比較すると、単品である車両本体価格による単価引き上げの方が結果として投資負担が少なくてすむと考えたのではないだろうか。

 上記から『i』は、製品、それも車両本体価格主導の軽プレミアムセグメント開拓の動きと捉えることができる。

【製品ポートフォリオの重要性】

 製品主導だからこそ、重要なのが製品や製品群の役割、製品間を結ぶストーリーである。例えば、益子社長が述べる『i』は団塊の世代の需要が見込めるということであるが、(『i』が団塊の世代に受け入れらるかはわからないが)取り込んだ団塊の世代の顧客に対して次にどう答えていくのかや、『i』の投入よりターゲットの境目が微妙になった「コルト」との役割の違いなどを明確にすることである。

 おりしも、2006年 01月 27日号の自動車ニュース&コラムに報じられているが、三菱自動車は、再建計画が完了する 2007年以降にセダンを強化、大型セダン「ディアマンテ」や中型セダン「ギャラン」の国内生産を打ち切ったが、再び、大型セダンからコンパクトセダンまでそろえる方針とのことである。

 軽自動車だけでなく、三菱自動車の製品ラインナップ全体で、どのような製品を投入し、どのように顧客へ価値を提供していくのかが重要になるであろう。

【おわりに】
 今回は、『i』を取り上げて、製品戦略における台数増加と単価引き上げの方向性と背景にある企業のポジショニング(市場の動向や強み・弱み)との整合性について考えてきた。

 軽自動車市場における各社のポジショニングは各社各様である。例えば、ダイハツは一部媒体で、軽のハイブリッドを投入すると述べている。製品戦略における単価引き上げの方向性の中で、三菱やダイハツのような車両本体ではなく、オプション販売や付帯サービスによる軽プレミアムセグメントといった動きもあるかもしれない。今後の軽自動車市場に注目していきたい。

<宝来(加藤) 啓>