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コラム

シェフのお勧め戦略

◆東京海上日動火災保険、不払い対策で個人向け保険商品半減へ

                     <2006年 3月 23日号掲載記事>

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【東京海上日動火災保険、不払い対策で個人向け保険商品半減へ】

 先日大手損保各社の自動車保険の収入手数料が 4年ぶりに前年度実績を上回る見通しと報じられていたが、その中でも問題として取り上げられていたのが、昨年から相次いで表面化した保険金の支払い漏れである。

 いわゆる不払い問題の原因は、保険商品や特約に代表される付随契約が複雑化し、保険金の支払対象であるかどうか損保会社自身ですらチェックできなくなっていたことにあるといわれている。

 不払い問題の対策として、金融庁が 4月 1日より約款に分かりやすい表現を使うことや保障内容の短所も明示を求めるなど保険販売時の規制を強化する他、損保各社でも保険金支払い部門の拡充などを行っている。

 そんな中で、東京海上日動の対策が、抜本的な取り組みとして保険業界で注目を集めている。

 具体的には、自動車保険などの主契約を現在の約 400 種類から約 200 種類に、代車費用などの付随契約を約 2,000 種類から約 1,000 種類に減らすという対策である。商品数の削減は基幹システムの手直しも必要になり、9年 3月までの 3年間に約 420 億円の投資が伴うとも報じられている。

【商品の絞込みによる生産性・品質の向上と多様性への対応の両立】

 つまり、個性化する顧客ニーズに対応するために商品を多様化させてきたのだが、そのことが裏目に出て業務プロセスが複雑になり過ぎ、結果として業務の効率と品質が低下したという反省に立って商品数を絞り込むことにした、という経緯である。

 そもそも保険商品の多様化や複雑化のきっかけは、90年代後半の保険自由化である。それによって従来新規参入が少なく、規制に守られて横一線であった保険料金やサービスに変化が生じた。

 まず、外資を中心に新規参入が相次いだこと、その際に電話やインターネットによる低コストの営業手法や、契約者の免許証の色や車種・居住地・年齢により保険料を変えたリスク細分型保険等の商品投入など、国内損保会社の隙間や弱点を突いたマーケティングを展開してきたことに対抗するため、国内損保会社も各様に顧客に魅力のある商品やサービスを次々に開発していったのである。

 こうした経緯で開発された商品であるから、本来的には顧客にとって魅力的なはずである。しかしながら、実際に起きたこととしては、それまでシンプルな商品やサービスの提供のために構築された組織が処理不能に陥り、結果として保険会社側では生産性の低下、顧客側にはその結果としての不払いの増加など品質の低下を招き、逆に顧客満足を低下させてしまったことになる。

 従って、商品数の絞込みの目的は一義的には業務の効率化と品質の向上であろうと考えられる。品質の向上については保険金の不払いの削減によって達成される面があろう。また、業務効率に関しては、保険審査や支払手続き等の事務負担の軽減や営業人員に対する保険商品の教育投資の軽減が見込まれる。実際に東京海上日動では、保険商品を半減することにより年間 110 億円の経費削減が見込めるとしている。420 億円のシステム投資も約 4年で回収できることになる。

 実際の商品の絞込みにあたっては、自動車のものづくりで行なわれているプラットフォームの共通化や部品の標準化の際の留意点を参考にするべきだろう。

 というのも、もともと多様化する顧客ニーズへの対応のために選択肢を拡張してきたわけだから、単純な選択肢の削減は一義的には顧客にとっての魅力度の低下をもたらす。

 自動車業界では、何でもかんでも商品数を削減するのではなく、商品を顧客にありがたみを与える部分とそうでない部分(もしくは目に見える部分と見えない部分)に分解し、前者については専用設計を残しながら後者については汎用設計とコストダウンを徹底的に進めたのである。

 例えば、ホンダはシビックのプラットフォームから CR-V、ストリーム、エディックス、インテグラと 5 車種も開発し、投資コストを抑えているが、どれ一つとしてあり合せで作った派生車のようなやっつけ感はない。

 保険商品においても、どの保険商品にも共通に適用できるプラットフォームや標準部品に相当するものがあるはずである。そうした縁の下部分をパッケージ化しながら顧客インターフェースの部分で個性化を図ることで、生産性と品質を向上させながら顧客ニーズの多様化に応える方法が残されていると考えられる。

【商品の絞込みによる顧客ニーズへの対応力強化】

 上記の通り、商品の絞込みは一般には選択肢を求める顧客ニーズへの対応力を下げるリスクがあると言われる。だが、果たして本当にそうだろうか。

 例えば、米国ホンダが発売しているシビック・セダンが搭載するエンジンは一種類しかなく、トリム(グレード)も DX、LX、EX の 3 つしかない。さらにオプションも AT (標準装備は MT)くらいしかない。

 つまり、シビックの顧客は予算と嗜好に合わせて、廉価版、普及版、豪華版のどれか一つを選択する以外の選択肢はないのだ。

 一般に日本車はトリム数がやたらと多い上に、各々に装着可能なオプションがメーカーからもディーラーからも無数にリストアップされているので、これで本当に顧客ニーズに対応できるのかとホンダのシンプルさに驚く。

 だが、実際にはシビックは米国のサブコンパクト・セグメントにおいて永遠のベスト・セラーであり、選択肢の少なさが不満とする声を聞いたことはない。

 競合対策として V-6 を搭載したり、特別装備車を出してから若干商品ラインナップが複雑化したものの、アコードでもほぼ同様であり、アコードは米国の自動車市場で常にトップ・セラーをカムリと争うモデルである。

 当然のことながら、ホンダ車が米国でヒットしているのは商品の絞込み戦略によるものだと断定することはできない。だが、商品を絞り込みながらも顧客ニーズに対応することは可能だということを示している。

 では、どのような場合に商品絞り込み戦略が顧客ニーズへの対応力を向上させるのか、それは今後も有効な戦略なのかどうかについて考えてみたい。

 提供される情報が圧倒的に不足している社会では情報の量や選択肢の多様性が価値を持つ。ところが、提供される情報が氾濫している社会では逆に情報を質的に検索し、選別し、分類し、できることなら意味合いを抽出して、取るべき行動を助言してくれるサービスの方がありがたみを持つ。

 検索エンジンがあれだけの企業価値を持つに至った理由もそこにあり、手前味噌になるがコンサルティング会社を利用する企業が増えているのも同じ理由と考えられる。

 私どもでは新聞・雑誌・ウェブなどのオープンな情報媒体に掲載された情報をクリッピングするとともに、その中からクライアントにとって重要と思われる記事だけを抽出し、クライアントの課題や価値基準に沿って分類した上で、「要するにこういうことであり、従ってこのような行動が望まれている」といった情報サービスも提供している。もともとはどの企業でも入手可能なオープンな情報が母体になっているのにそれを整理して意味合いを付加することに価値を見出してもらっているわけである。

 ホンダの事例に戻ると、(ホンダ自身が意識していたかどうかは別にして)商品を絞り込むことによりディーラーがこのようなアドバイザーの機能を担えるようになっていることが強みと考えられる。

 商品やオプションの体系が複雑なブランドでは、ディーラーの専門的な助言や解決策を求めて来店する顧客のニーズに応えられなくなりやすい。

 ディーラー自身(とりわけ転職の多い米国の販売現場では)が商品を完全に把握することができなくなるから助言どころではなくなるし、カタログ上はあれもこれも選択肢があるようになっていても個々のディーラーがそれらの選択肢を全て在庫に持つことは不可能だから、例えばニッチな仕様の車種や回転率の低い部品を求めて来店する顧客にディーラーが解決策を提示できなくなる。

 ホンダのディーラーでは、シンプルな商品体系の結果、ディーラーが持つ知識と現物が相対的に大きく、助言と解決策を求めて来店する顧客ニーズへの対応力が相対的に高くなっていると考えられる。

 また、ホンダ側ではクロージング・プロセスが短縮される効果も見逃すことができない。選択肢が無数にある中では具体的な商談に入る前に消費者には迷いが生じるし、商談自体も選択肢ごとにいくつも必要になる。それにずっと付き合うことにより別の顧客に対応する機会を逸してしまい、販売生産性が下がり、機会損失が増大することになる。

 更に言えば、クロージング・プロセスが長引くと、どうしてもその間に消費者の関心が競合車に向いたり、ディーラー側にも焦りが生じて値引きやインセンティブの原因になりかねない。

 ホンダでは消費者の選択の焦点をトリムやボディー・カラーに絞込み、商品選択に関わるクロージング・プロセスを最小化して早々にローンをどうするか、頭金は幾ら入れるかといった購入方法の議論に持っていきやすい。

 これはいわば「シェフのお勧めメニュー」の戦略であり、この戦略は情報量が益々増大し、消費者が氾濫する情報の中で何を選択すべきかが一層分かりにくくなることが予測される社会では一層有効性を増すのではないかと考えられるのである。

【シェフのお勧めメニュー戦略の応用余地】

 「シェフのお勧めメニュー」戦略は自動車業界の専売特許ではない。

 身近な例としては、スーツのツー・プライスショップがある。顧客はサイズ別に分類されたコーナーからお気に入りのデザインを選び、最後に生地に応じて 2 つの価格帯からお気に入りの一着を選ぶだけと、選択プロセスが簡素化され、選択の焦点も(デザインと価格に)絞り込まれている。

 ハンバーガー・ショップでも、米国ではオプションが多数ある上に、たまねぎを入れるか入れないか、肉はローファットかスタンダードか、焼き方はミディアムかレアか、等やたらと選択肢があるお店も少なくないが、日本ではセット販売が主力であり、顧客が悩む要素を限定している。単品メニューの多くは、セット商品の購入客向けに割安の料金設定になっており、ついで買いを誘う設計になっている。消費者の実質的な選択の余地はそこにあると言えるかもしれない。

 住宅業界においてもミニ開発の建売住宅が注文住宅以上に人気を博している。ここでも顧客は個々の住宅の設備仕様に頭を悩ませるのではなく、地域全体として居住環境としてどうか、駅からの距離はどうか、予算と見合うかといった部分に選択範囲を絞り込むことができることが受けている原因だと考えられる。

 新車業界においてはレクサスが一つの方向性を示している。

 レクサスの場合も、顧客の不満や不安を解消する方向性での商品やサービスは一元的、標準的にパッケージで提供する一方で、顧客に嬉しさや喜びを提供する方向性での商品やサービスは個別・専用設計を強化している。

 おそらくトヨタ流のものづくりの発想が活かされており、だからこそ他社以上にこの戦略が徹底しているのかもしれない。

 例えば、レクサスは購入後 5年間(10 万キロ)は、エンジンやブレーキ等の重要保安部品だけでなくタイヤ、バッテリー、消耗品の交換、ボディーのコスリや穴あきの修理まで一律に無償で保障する。これらはいずれも顧客にとってはありがたくない不安や不満を解消する部分で、これらについては車種や価格帯を問わず、画一的に提供するのである。

 これに対して、シートの素材、カラー、ホイール等、顧客が自らのステータスやライフスタイルを自ら確認したり、他者に誇示することで嬉しさや喜びを感じる部分では個性化・差別化に務めているのである。

 これも一種の「シェフのお勧め」戦略と言えるだろうが、米国ホンダとの違いを挙げるとしたら、クロージング・プロセスの短縮や生産性の向上は必ずしも意図されていない。

 車種のラインナップとしては現状 3 つに絞込み、車種ごとにもエンジンと駆動方式を基準に 2~ 3 のサブラインに絞り込んでいるにも拘わらず、実質的に受注生産となるため、クロージング・プロセスは長引くし、納期も 2 ヶ月を要する。

 生産性や効率はこの際目的とはせず、寧ろ従来以上に選択の範囲や選択の時間を提供することで、選択の主導権を取りたがる富裕顧客層の満足・感動を高めることに目的を絞り込んでいるものであろう。

 中古車業界において「シェフのお勧め」戦略の導入余地はあるだろうか。

 米国ではメガ中古車ストアが比較的走行距離やコンディションの類似した中古車(特にリースアップ車やレンタルアップ車)を大量に仕入れ、統一基準で点検整備と加修を行なっったうえで統一的な保証を付けて販売している。

 ここでの中古車は品質的にほぼ均一(数千キロ単位の走行距離の違いは米国の消費者にとって有意な差ではない)になるので、価格も統一されており、中古車は一物一価という既成概念からは大きな乖離がある。

 これを「シェフのお勧め」戦略的に解釈するとしたら、顧客にとって目に見えない、不安や不満の種である品質保証部分については徹底的に標準化・画一化を図るとともに、顧客の選択の焦点や選択のプロセスをボディー・カラーやトリムなど新車時と同じ部分に絞り込んでいる、という意味で「シェフのお勧め」戦略の一つと位置付けられるであろう。
 このように「シェフのお勧め」戦略は自動車業界で応用の余地があり、中古車のような一物一価の世界でも可能な戦略であるから、アフターマーケット全般で検討の価値があるのではないだろうか。

 車検・整備、板金・塗装、用品など様々な分野で「シェフのお勧め」メニューの登場を待ちたい。

<宝来(加藤) 啓>

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