クルマ離れと言われる若者の購入意欲を高めるための考察 『最終回 若者が魅力を感じるクルマづくりの出発点』

最終回 『若者が魅力を感じるクルマづくりの出発点』

過去 5 回に渡り、クルマ離れと言われる若者の購入意欲を高めるための方向性や施策案を考えてきた。

最終回となる今回は、これまでに考えてきたことをまとめた上で、若者が魅力を感じるクルマづくりのアプローチについて考えていきたい。
【これまでのまとめ】

各回では、最初に若者を取り巻く環境の変化を取り上げ、次にその変化から考えられるクルマの姿やサービスを提言してきた。これまでの 5 回を簡単に振返ってみたい。

第 1 回では、モテる男性像の変化を取り上げた。身長が高くイケメンで高収入といったいわゆる正統派は、現代でも依然として「ウケる男、モテる男」には違いないが、それに加えてお笑い芸人に代表される「オチのある話をする」若者男子も今では「ウケる男、モテる男」となった。

そんなウケたい・モテたい現在の若者男子向けに、「オチのある話ができるクルマ」を考えた。
「クルマ離れと言われる若者男子の購入意欲を高めるための考察」

第 2 回では、コミュニケーションの変化を取り上げた。若者世代は、物心付いた時から携帯電話やメール、インターネットが普及しており、これらのツールを活用して、昼夜問わず、恋人、友人等とコミュニケーションを取っている。

言い方は悪いが、そんな仲間とのコミュニケーション中毒のような状態になっている若者向けに、「仲間意識を醸成するクルマ」を考えた。
クルマ離れと言われる若者の購入意欲を高めるための考察 『第2回 仲間意識を醸成するクルマ』

第 3 回では、健康や環境問題に関心を持つロハス(LOHAS:Lifestyles Of Health And Sustainability)な若者の増加を取り上げた。ロハス的な要素が強い層は限られるかもしれないが、例えばコーラを飲む時は「ダイエット・コーラ」を選ぶ、買い物には某有名ブランドの「エコ・バッグ」を持っていくといったような、「ちょっとした」意識を持った層は相当数いるだろう。

そんな健康や環境問題に「ちょっとした」関心を持つ若者に「ロハス的なクルマ」を考えた。
クルマ離れと言われる若者の購入意欲を高めるための考察 『第3回 ロハス的なクルマ』

第 4 回では、購入に際し石橋を叩いて渡る若者を取り上げた。モノやサービスの購入の意思決定の際に、「これはいいモノだ、絶対これが欲しい」という想いや一時の感情に流されず、「とはいえ、やっぱり高いよね」といったコスト意識が先行し、本当に必要なモノなのか、石橋を叩いて渡るが如く、冷静な目で費用対効果を考え合理的な判断を下す若者である。

そんな合理的な若者向けに、効果を高め・費用を下げる努力を継続するだけでなく「費用と効果を見える化」することを考えた。
クルマ離れと言われる若者の購入意欲を高めるための考察 『第4回 石橋を叩いて渡る若者へのアプローチ』

第 5 回では、バーチャルな若者を取り上げた。例えば、アニメや映画、ゲームやインターネットなど電子的な世界観(設定)・空間への依存度が高い若者のことである。

そんなバーチャルな若者向けに、バーチャルを活用すること、中長期的な対策では、バーチャルに頼らず、リアルなクルマの魅力を子供達に伝えていくこ
クルマ離れと言われる若者の購入意欲を高めるための考察 『第5回 バーチャルな若者へのアプローチ』
とを考えた。
【若者がクルマに求めることは既存のクルマの価値と異なる】

第 1 回~第 5 回まで、まず若者を取り巻く環境の変化を取り上げたのは、環境が変われば、若者がクルマに求める価値も変わるはずだという考えに基づいたものである。

これまで若者の変化を考えてきて、筆者が感じるのは、若者を取り巻く環境が大きく変わっていることに伴い、既存のクルマが持つ価値の延長線上には、若者への回答が含まれていないのではないかということ、つまり、若者が魅力を感じるクルマを作る為には、別のアプローチが必要なのではないかということである。

既存のクルマが持つ価値であるが例えば居住性について考えてみる。極端ではあるが、居住性という価値をファミリー層向けのミニバンには広く快適な空間を確保したり、日常の足として使う小型車であれば、取り回しのよいボディサイズの中で最低限の空間を確保する、などのように既存の価値をターゲットによって変え、既存商品のクレームや競合商品も参考にしながら、ターゲットにとってより良いクルマを開発していくことがアプローチ・方向性の主流であると思う。

上記のアプローチは言ってみれば、現在のクルマが持つ価値に一定の魅力を感じている顧客が、買い替え・買い増しを検討する際に、如何に訴求していくかという視点のアプローチである。

一方で若者が求めるものは異なる可能性がある。例えば「オチのある話ができるクルマ」の中で若者が求めるであろうと考えたのは、素材のイノベーションを活用したウィンドシールドを作って停車時には DVD の映像をフロントウィンドウ一杯に映し出せるようにしてやること、また、「仲間意識を醸成するクルマ」で考えたのは、カーナビに「仲間」の位置を表示させることであり、既存のウィンドシールドやカーナビが提供する価値とは、一線を画すものかもしれない。

つまり、日本という成熟市場の中で既存顧客の買い替え・買い増しの需要に答えていくアプローチがある一方で、これからクルマを買おうという若者は、成熟市場のターゲットというよりは新興市場のターゲットに近い存在であり、若者向けに商品を考えていくアプローチは、既存のアプローチとは別に考えたほうがよいのではないかということである。

若者がクルマから離れていくのは、成熟市場の買い替え・買い増し需要に答えるアプローチが、若者対しては通用しない・限界に来ていることの現われと捉えられなくもない。成熟市場だけ狙っていては、いつかは市場は涸れてしまう。若者のクルマ離れという言葉をよく聞くようになった今、低調な国内市場の復活を期するためにも、若者という新興市場に対するアプローチを真剣に考える時期にきていると考える。
【タタ社の「ナノ」から学べること】

若者向けの商品開発には新興市場を狙うようなアプローチが必要ではないかと述べてきたが、では「どのようなアプローチ」が求められるのだろうか。これを考える上で参考になると考えるのがタタ社の「ナノ」のアプローチである。

勿論、インドではクルマは欲しいものであるが高価で買えないのに対し、日本の若者はそもそもクルマが欲しいと思っていないなど、種々の事情は異なる。しかし、クルマを所有していない層に、これまでにないクルマの価値(「ナノ」の場合には低価格と最低限の機能)を提供し新興市場を創っていくという点では共通するものがあると考える。

タタの超低価格車「ナノ」は、その価格自体が話題先行しているが、筆者は、この価格・コンセプトを実現させたアプローチこそが、特筆すべきものだと考えている。

二輪車に家族 4 人で乗るようなインドの交通事情に心を痛めたタタの会長が、これまでクルマを購入できなかったターゲットに買ってもらえるクルマを作るという企画・コンセプトを貫いて実現したものだといわれている。

この開発にあたり、タタは開発・調達・生産・物流等のあらゆるプロセスを見直し、徹底したローコストオペレーションでの最適化を目指している。

他の自動車メーカーも低価格車の開発・生産に注力し始めているが、ほとんどのメーカーは、既存の車種・部品をベースに如何に安く作るかを志向している。全く新しいクルマを一から作ろうとしたタタのアプローチとは大きく異なる。

つまり、若者向けのクルマを開発する上でも、市場のニーズを把握し、求められる車の価値を設定し、その企画・コンセプトを愚直に貫くマーケット・イン型のアプローチを取ってみるべきではなかろうか。
【若者に魅力あるクルマづくりの出発点】

以前の本メールマガジンで加藤が、これからは「企画品質」の時代だと指摘した。自動車の品質には、企画品質、開発品質、製造品質、使用品質、セールス品質、サービス品質の 6 つの品質があり、従来日本の自動車メーカーが得意としてきたのは、開発品質、製造品質であったが、この 2 つの優位性が崩れつつある。今一度、企画品質を見直してみてはどうかという提言である。

「企画品質の時代」(2005年5月19日号掲載記事)

企画品質とは市場・顧客の(潜在的)要求をどれだけ高水準にむらなく忠実に製品の仕様書に落とし込めるかであり、日本の若者に魅力ある自動車を作るには、この企画品質を高めることが求められると考える。そのために必要であり、出発点となるのが、マーケット・イン型のアプローチではないだろうか。

更に言えば、日本の自動車メーカーが世界の中でフロントランナーとなり、ベンチマーク対象が消失し、業界標準を自ら創りだしていくしかなくなった今、国内市場だけではなく日本の自動車業界が世界で持続的な成長を続けていくためには新たな市場・需要を開拓する企画力を高めることが必要だと思う。日本の若者が魅力を感じる自動車を作ることは企画力を高めるための一つの試金石となるではないだろうか。

<宝来(加藤) 啓>