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コラム

米デルファイ、退職者向け医療保険を縮小。数年間で5億ド…

◆米デルファイ、退職者向け医療保険を縮小。数年間で5億ドル以上の節減に。

<2005年3月9日号掲載記事>

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【デルファイで起きていること】

米大手サプライヤーのデルファイはいま大きな試練に直面している。

同社は、最近米証券取引委員会 (SEC) が採用しているリスク・ベースト・インクワイアリーという権利侵害ぎりぎりの捜査を昨年 10月から受けている。
この捜査は、不正が行なわれやすい特定の分野にフォーカスして、投資家側での被害発生の有無や告発に関わらず「SEC」 が疑わしいと判断した企業に乗り込んで不正の有無を調査するというもので、自動車の言葉でいえばアクティブ・セーフティである。

この見込み捜査を受けたことをきっかけに同社の債務を投資不適格に格下げする格付け機関が相次ぎ、その結果資金調達上の懸念が議論に上り始めた。苦境脱出策の一つとして、福利厚生コストの削減に踏み切ったものである。

一見すると「とんだ災難」と映るかもしれないが、そうではない。実は根の深い問題で、しかも米自動車産業全体に通じる構造的問題が浮き彫りになったと見た方がよさそうである。

そもそも SEC が同社の捜査に踏み切ったのは、同社に年金債務のコストを意図的に「低く」見積もることによって利益操作を行ったとの疑いがあったからである。そしてその結果として退職者向け医療保険の削減が行なわれた。
年金と退職者向け医療費、この二つが米自動車産業全体の競争力を蝕む元凶になっているのだ。

【米自動車産業へのインパクト】

低所得層向けと高齢者向けを除くと、米国には日本の健保に相当する政府管掌の社会保険制度はない。一般の人は HMO 等の民間企業や NPO が運営する医療保険に掛け金を払って加入することになるが、医師選択や医療水準や地域カバレッジに制約も多い。また、200 ドルくらいまでの医療は通常全額自己負担であり、その後は自己負担率は 20-30% で済むものの医療費自体が高いので、個人の負担感はかなり高い(だからこそ米国では大概の病気は市販薬を買ってきてすませることが多く、ドラッグチェーンも発達している)。

こういう事情から医療保険に関する労働者の関心は高く、効果的な福利厚生策として、医療保険料を全額会社負担する企業も多い。また、医療機関の処方箋に基づく薬代も一定金額までは会社負担とすることも多い。自動車産業はその代表例である。

社会保障システムが日本とは異なるからやり方は違うものの、福利厚生施策として納得できる。では、なぜこれが米自動車産業にとって問題になるかといえば、企業の側のコストが余りに高いからだ。

昨年(2004年) 11月11日付けの Automotive News は、フォードの Bill Ford会長の発言として「2003年にフォードが 50 万人の従業員と退職者に対して払った医療保険料は 32 億ドル(100 円換算でも 3200 億円)にのぼり、当社が米国で生産する車一台あたり 1000 ドル(同 10 万円)を払っていることになる。当社はスチール(鋼材)代よりも多くの医療保険料を払っているということだ。」というコメントを引用している。

クルマ一台を構成する部品の平均単価は 100 円だから一台あたり 10 万円といえば、部品 1000個分、サプライヤー何十社分か何百社分の売上に相当する金額で、これだけの予算があれば機能や品質を重視した自動車の開発ができる。
また、一台 10 万円分の予算があれば、インセンティブにしろ、宣伝費にしろマーケティング的には相当思い切ったことが出来る。

それが顧客に対する付加価値強化のためではなく、従業員と退職者への福利厚生費に費消されてしまっているわけだから、日本車との競争に勝ち目はないことになる。

いっそ米国自動車産業でも医療保険料負担をやめてしまおうという考えが当然出てくるし、実際会社側の悲願となっている。それが実現できないのは、これが UAW (全米自動車労組)との交渉の最大の争点となっているからだ。
2003年 9月にビッグ 3 が UAW との間で締結した期間 4年の労働協約にも、従来どおり医療保険料の全額会社負担が盛り込まれた。少なくとも 2007年秋までは米国自動車産業はこの問題を解決するすべを持たない。

【深層にあるOBコスト】

この記事の冒頭デルファイが取ったアクションと、上記の Bill Ford 会長のコメントを読み返してみると共通のキーワードが出てくる。「退職者」である。
上述の通りビッグ 3 は 2003年 9月に UAW と新労働協約を結んだが、その中に各社共通事項として、以下のものが含まれている。

●新協約の対象は組合員、組合員退職者および遺族配偶者とする。
●会社は医療保険料を全額負担する。
●会社は年金支給額引き上げ凍結(*)の見返りとして退職者に総額 800 ドルの一時金を 4年間支払う。ただし、今後の退職者には支給額を引き上げる。
*ダイムラークライスラーでは月額 4.2 ドル引き上げているが一時金も支払われる。
●会社は退職者に新車購入補助金として 1000 ドル(*)を支払う。
*GM の場合は、同額の新車購入割引券の形で 2 回発行する。

退職者に対して非常に手厚い協約になっているわけだが、これに加えてその対象者の数が問題である。次の通り各社とも現役よりも OB (退職者と遺族配偶者) の方が数が多いのだ。

●GM 現役 14.7 万人(*) OB 29.7 万人
*1999年にデルファイ転籍になった3 万人を含む。
●フォード 現役 9.3 万人(*) OB 10.1万人
*2000年にビステオン転籍になった 2.1 万人を含む。
●ダイムラークライスラー 現役 6 万人 OB 7.5万人

各社とも、従業員が稼ぎ出した利益を分配するにあたり、その利益を稼ぎ出した「従業員」よりも、「OB」により手厚く報いるということになってしまっている。

しかも、「OB」の一部には実は社会保険が存在する。【米自動車産へのインパクト】の最初に「高齢者向けを除くと」と述べたのが正にそれである。実際、デルファイが今回手を付けたのは、高齢者医療保険(メディケア)の対象となる退職者分だけで、しかも同保険の保険料は引き続き会社が支払う。それでも数年で 5 億ドルもの経費削減になるというから、どれだけビッグ 3 の医療保険が「OB」に手厚いものだったか分かる。

「従業員」と「OB」との分捕り合戦の結果、従業員側に不満が生じているようであれば、全社一丸となって日本車との競争に勝ち残ろうという社内のモチベーションを高めることは容易ではない。

【日本の自動車産業への示唆】

「米国の自動車産業は大変だな」と対岸の火事で見ているわけには行かない。日本には産業を超えたより深刻な事態が急速に広がってきているからだ。
「少子高齢化、人口減少時代」である。

国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口(平成 14年 1月推計)」によれば(注:低位推計。なぜ高位・中位でなく低位かという説明はここでは省略する)、今から 45年後の 2050年の日本の総人口は今より約 35 百万人少ない 92 百万人である。
2050年というと未来の話のように聞こえるが、筆者自身を含めて多くの読者が(完全に現役世代に世話になる形で)生存している可能性のある将来である。

人口推計には「老年人口従属指数」という用語がある。65 歳以上の OB 一人を、15-64 才の現役世代何人で支える社会かを示す指標である。別の言い方をすれば、コストセンターである OB のコストをプロフィットセンターである現役世代何人分の収入や世話で賄うかという、ディーラー事業の「固定費カバー率」の話でもある。

「老年人口従属指数」は 2000年に 3.92 であった。これが 2050年には 1.36になる。今日の現役(即ち我々)は約 4 人の稼ぎで OB 一人のコストを賄っていくことができたが、45年後の現役(即ち我々の子供や孫)はほぼ自分一人の稼ぎで OB (即ち我々)の面倒を見なければいけないということである。
OB の側からものを見ると、今の OB は従来現役 4 人分の甲斐性が期待できたが、45年後の OB (我々)は現役一人分の稼ぎしか当てにできないということでもある。これはかなり絶望的な状況に近い。

こうしたことから社会保障システムのあり方として一般には給付削減や負担強化の方向での議論が殆どだが、企業経営と同じく、コストや資産・負債の削減方向での戦略だけでは人の心を動かすことは出来ず、システムを動かすのは人だから結局システムとして機能しなくなってしまう。

【イノベーションのすすめ】

重要なことは生産性、付加価値を高めて分け合うパイを大きくすることである。米自動車産業は UAW を犯人に仕立て上げているようだが、生産性・付加価値を高められず、限られたパイの分捕り合戦になってしまったことに真の原因があると筆者は考える。

単純計算では 45年後の現役世代一人ひとりの生産性・付加価値が現在価値で今よりも 1.3 倍高いものであれば、45年後の日本人は現役世代の稼ぎによって子供から OB まで今日と同水準の収入の分配を期待できることになる。(残念なことだが、45年後には子供が今より 6 割(11 百万人)も少なくなっている。子供も OB と同様、コストセンターであるから、その数の現象は現役世代の負担軽減に繋がり、必要な生産性・付加価値向上率が低く抑えられる。)

生産性・付加価値が 1.3 倍に高まれば、45年後の日本人も今日の豊かさを享受できるかといえばそうではなかろう。総収入が同じでも総費用は異なるかもしれないからである。国民の 2.5 人に一人が 65 歳以上という社会には今とは比べものにならないほどのバリアフリー投資やユビキタス投資が必要になるし、医療費は膨大になる。計算上は、そうした形での OB コストの上昇が 3 割増し程度に収まれば、1.3 倍の生産性・付加価値向上で 45年後の日本人が今日と同じ豊かさを維持できるということになる。

だが、一人ひとりの豊かさが今と同じであっても社会全体での力、国力は 3割もの人口減少によって明らかに低下する。一人あたり所得は高くても国家規模の小さい北欧やスイスのような国で満足できるかどうかである。いや満足度だけの話ではない。「平成の市町村合併」と同根の話で、社会には一定の規模があって始めて出来る投資や固定費負担というものが存在する。
45年後の日本が現在と同じ国力を維持しているために必要な現役世代一人ひとりの生産性・付加価値の向上は 1.8 倍である。

筆者は 45年後の日本人が今日と同じ豊かさを維持し、45年後の日本が今日と同じ国力を維持していて欲しいと願う。だから国全体で生産性・付加価値が1.8 倍に高まるイノベーションを求めたい。とりわけ GDP の 2 割を担う自動車産業の役割は大きく、1.8 倍レベルにとどまってはいけないと思う。

私たち住商アビーム自動車総研は、来期早々 (4月 1日には間に合わないかもしれないが)に『住商アビーム AUTOstanding Club』というクラブを立ち上げる。自動車業界にイノベーションをもたらしてくれるベンチャー企業、第二創業の中小企業の「志」と「とんがり」を応援していくための母体である。

思いを共有し、ベンチャー支援をお手伝いいただける自動車業界関係者(会社レベルでも個人レベルでも)はぜひとも info@sc-abeam.com または代表電話03-5166-4600 までご連絡下さい。

<加藤 真一>

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