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コラム

ネットワークの「内部性」に注目したWeb2.0型テレマティクスの提案

◆日産ディーゼルが新型のリース、車両・テレマティクス組み合わせ

<2006年11月07日付日経産業新聞掲載記事>

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【Web1.5型のテレマティクス】

テレマティクス(もしくは ITS)の目的や価値は、自動車という製品とそれにまつわるビジネスの「安全・安心性」、「環境・省資源性」、「効率・生産性」、「快適・利便性」、「趣味・娯楽性」の向上にあると言われる。このうち、当初テレマティクスのありがたみと普及の鍵を握ると考えられていたのは「趣味・娯楽性」の部分であった。

かつて矢野経済研究所は 2001年度から 2005年度までの 5年間にテレマティクス情報サービスの市場規模は累計 3400 億円に達すると予測し、その 3分の1 の 1100 億円は「アミューズメント・ E コマース」領域から発生すると見込んでいた。冒頭の区分によれば、「趣味・娯楽性」に「快適・利便性」の一部を加えた市場がテレマティクスを牽引するという見通しを立てていたことになる。実際、初期のカーメーカーのテレマティクス端末にも通信カラオケや映画・ゲーム・音楽のオン・デマンド・サービス、E メール、HP アクセスなど「趣味・娯楽性」領域でのサービスに力が入れられた。

だが、2006年度も後半に差し掛かったいま、「趣味・娯楽性」の領域でのテレマティクスへの期待はすっかり鳴りを潜め、「快適・利便性」の領域でも高級車用のコンシエルジュ・サービスが限定的に実現している他は期待された Eコマースも官製の ETC 以外には殆ど広がりを見せていない。現実にはテレマティクスの目的・価値は「安全・安心性」の向上一本に絞り込まれたかのような様相を見せている。非常時の緊急通報や盗難車の追跡は民間サービスとして実現しており、ITS インフラ協調型の安全運転支援サービスが 2010年頃の実施に向けて官民で調整中だが、これらは皆「安全・安心性」の領域のものである。

このことは、2000年代初頭に生まれてきたテレマティクス・サービスに対してはユーザーがお金を払ってくれないこと、それをドライバーとして自社の製品を買ってくれたり、自社ブランドにとどまってくれたりすることは殆ど期待できないことが明らかになり、自動車メーカーの通常の開発費の範囲で検討可能なことや、公共投資が期待できる分野だけに自動車メーカーのテレマティクスに対する思い入れがトーンダウンしたことを示している。

日産ディーゼル(以下日デ)は、12月にテレマティクス・サービスを運用開始し、これをメンテナンス・リースと組み合わせた商用車メーカーならではの独自のサービス・モデルとするという。「安全・安心性」の目的にとどまらないテレマティクス用途として注目に値する。

日デのテレマティクス・サービスは、車両の位置情報、操作情報、コンディション情報をリアルタイムで日デのセンターに送信し、センターは把握した情報を元にユーザー企業に対して配車配送計画の効率向上、事故防止や省燃費のための運転操作、車両の状態に即した整備・修理などに資する情報やアドバイスを提供するというものである。

これをメンテナンス・リースと組み合わせることにより、これらのサービスに必要な機材やシステム利用料の一時的な負担を軽減するとともに、メンテナンス・リース商品自体を顧客にとって差別的価値のあるものにする。

しかも、自社においても入庫誘導によって整備収入の引き上げも期待できるし、無理な操作歴や事故歴がなく、整備が行き届いていて状態を常時把握した程度のいいリース・アップ車を作ることが出来る。

それによって、リース商品の価格競争力を一層強化できるから代替促進にも
有効だし、中古車ビジネスも強化できる。将来的には、距離課金型のリース商を開発して商品面での一層の差別化に乗り出す、事故率の低いテレマティクス・ユーザ専用の自動車保険を開発して保険事業を強化するなどの展開も考えられる。

つまり、主としてユーザーと自社の「効率・生産性」と、部分的にユーザーの「快適・利便性」に着目したテレマティクス・サービスであり、「安全・安心性」に絞り込んだ乗用車のテレマティクス・サービスとは一線を画するものであることが分かる。

しかしながら、これらのテレマティクス・サービスはいずれも「1:n 型」、つまり一人のサービス提供者と複数の受益者の間をハブ&スポークで結ぶサービスにとどまり、「n:n 型」、つまりサービスの受益者同士がネットワークで繋がれる関係になっていないという意味で従来型の通信サービスの改良版の域を出ていない。

サービス受益者の数が拡大することでサービス提供者の便益が増大することはあってもサービス受益者の便益が直接的に増大することはなく、従ってサービス提供者側の能力が向上しない限りサービス受益者の数が自己増殖的に拡大することはない。「Web1.5」的なサービスであるという意味で共通である。

【Web2.0型のテレマティクス】

これに対してホンダの「インターナビ」は、「n:n 型」のコミュニケーション・ネットワークを構築しているという意味で「Web2.0」的である。

ホンダの新車を購入すると「インターナビ・プレミアムクラブ」という同社が提供するテレマティクス情報サービスに無料で入会できる。会員が実際に走行した情報を一度カーナビに蓄積しておき、次回会員が交通情報を受信する際に蓄積されていた情報がセンターに送信され、それが他の会員に提供される仕組みである。交通情報としてはカーナビを買えば付いてくる VICS (財団法人道路交通情報通信センター)の情報サービスがあるわけだが、VICS がカバーしているのは全国の道路 4 万キロ分に過ぎないのに対して、ホンダの会員はプラス 30 万キロ以上の道路の通過時間情報を、車線ごとに入手できるようになっている。会員数は現在 40 万人である。

会員の数が増えれば増えるほど情報の量と質が向上するので、会員数の増加自体が会員数を更に増加させる自己増殖的な構造になっているという意味で「Web2.0」的である。しかも、更に重要な点が二つあると考えられる。

第一に、「ネットワークの外部性」が働く仕組みになっていることである。

会員数の増加によって便益を受けるのは新規入会者だけではなく、既存会員も同様である。会員数が 1000 人しかいないときに入会した会員は 1000 人分の情報の量と質で満足していた会員だが、その後会員数が 40 万人に増えたことでその便益は入会時とは比較にならないほど向上している。

便益は顧客満足と言い換えてもよい。顧客満足度が使用過程で購入時の何倍も何十倍も向上しているという姿は、自動車のような製品のビジネスにおいては通常ありえないことである。(そもそも現代の自動車ビジネスでは最もユーザー数の多い製品が更にユーザーを引き寄せるという自己増殖構造自体を期待できなくなっている。)

「快適・利便性」用途でのテレマティクスには、通常の自動車ビジネスには期待できないようなネットワークの「遠心力」があることに自動車業界は関心を払うべきであろう。

第二に、「モラルハザードの回避」が自然に成立していることである。

「Web2.0 型」のコミュニケーションには、その匿名性ゆえに誹謗中傷や、詐欺・なりすまし・スパムが横行しがちだという負の側面を構造的に持っている。しかし、機械は人間と違って正直(ID が明確である)だからこのような問題は殆ど無視できる。寧ろ、ホンダの仕組みでは、会員情報のうち個人情報に属する部分が外に出ないようにすることに配慮している。万一、犯罪行為の恐れがある場合には犯人の特定も可能である。

情報コンテンツの信頼性やコミュニケーションの場としての安全性がテレマティクスの長所としてもっと注目されてもよいと思う。

そして、こうした利点を有するネットワークが形成されていながらも、だから積極的にホンダを選択する、ホンダを選択した人がそこから出て行かないという強い「求心力」を得ていないことにも注意を払う必要があるだろう。

【ナンバーポータビリティに見るネットワークの内部性】

10月 24日、携帯電話の番号を変えずに通信キャリアを乗り換えることができるという、いわゆるナンバーポータビリティ制度がスタートした。各種の調査によると、これをきっかけとして今後最も予想される動きはドコモ、ソフトバンクから au への移動のようだ。年代的には 10 代、男女別には女性の移動が見込まれるという。

株式会社アイシェアが行った意識調査の結果によると、キャリア変更の意思がないと答えたユーザーが最も多いのが au (89 %)で、ドコモ(77 %)、ボーダフォン(現ソフトバンク。73 %)を 10 ポイント以上上回る顧客防衛率を示している。また、ドコモやソフトバンクのユーザーで他社への乗換えを検討している人の 7 割以上が乗り換え先を au としている。

au の既存顧客維持力と新規顧客獲得力が高い(特に若年層・女性層において)理由については、「着うたフル」や「ダブル定額ライト」などのサービス面での魅力や、「LISMO」、「EZ ナビ」など製品面での魅力が指摘されることが多い。だが、サービス面では他社もすぐに模倣しているし、製品面での競争をするなら最大シェアを持ち、開発・販売リソースが豊富なドコモが最も有利な立場にある。実際に「写メール」で一時は優位な立場にあったボーダフォンが他社の模倣にあってすぐに上位 2 社に押さえ込まれた歴史がある。

前述アイシェアの調査でも、多機能化が進んだ携帯電話でも最も利用されている機能は依然としてメール(62 %)であり、逆に au でも不要とする意見が多かったのはゲームアプリ(33 %)、音楽再生(21 %)、GPS ナビ(17 %)等である。

とすると、au が支持される理由として周辺サービスや製品の魅力は、購入決定時に最後の一押し的な重要性を持つ要素の一つだとしても、既存顧客維持を可能にしている本質的な理由はもっと他のところ、主要用途であるメール媒体としての機能やサービスに関わるところにあると考えざるを得ない。

au のサイトに「コメントパーク」なるユーザーの声を掲載したコーナーがあるが、そこに掲載されているコメントの中で最も集中しているのが「絵文字がかわいい」という評価である。絵文字はかつてキャリアを跨っては使用できなかったが、最近各キャリア間で互換性確保が進んでいる。だが、あらためて互換表を並べてみると、依然として互換できない絵文字があること、互換できる絵文字であっても各社で表現が異なり、その中でも au の絵文字はかなり手の込んだ、「かわいい」という表現に相応しいものであることが 10 代女性とは縁遠い筆者にも一目瞭然である。

au の絵文字を使って 10 代の女性がメール交換する場面を想像してみると「かわいい絵文字」を使った文章を送ったり、送られたりするうちに、特別な仲間意識が生まれることだろう。そこは、不特定多数の匿名集団ではなく価値観を共有し明確な ID を持つ集団で、しかも内側に行けば行くほどその価値が高いことが共通認識になっている集団である。そして、他のキャリアを使っていて「かわいい絵文字」を使えず、受け取ることも出来ず、価値共有集団における ID を持たない女性は疎外感を覚えて何とかその特別な集団に入りたいと願うだろうし、その集団にいる女性は集団の枠外に出ることなど想像も出来ないだろう。メールアドレスが変わることだけでなく、そこに大きな移動障壁があると思われる。

つまり、そこには「趣味・娯楽性」での価値観を共有し、一人ひとりが明確な ID を持つネットワークが形成されており、そのネットワークには「求心力」が存在していると考えることが出来る。このことを筆者は、「ネットワークの内部性」と名付けているのである。

【ネットワークの内部性に注目したWeb2.0型テレマティクス】

ここまで論じてきたことを整理してみよう。

・多くの自動車メーカーのテレマティクス・サービスは、「ネットワークの外部性」が活かされず自己増殖性のない「1:n 型」の「Web1.5」的な段階に留まっている。

・ホンダのインターナビは、「ネットワークの外部性」を活かして自己増殖性を持つ「n:n 型」の「Web2.0」的なサービス段階に達しており、ネットワークが「利便・快適性」を創出し、「遠心力」を持つ。

・そのような「遠心力」は、自動車ビジネスにおいて通常期待できないものであり、自動車ビジネスに新たな発展の方向性や可能性を示唆するものだが、ネットワーク自体が新規顧客獲得力と既存顧客維持力を持つような「求心力」はまだ持っていない。

・au は、「趣味・娯楽性」を共有し、明確な ID を持つネットワークを形成しており、そこには「ネットワークの内部性」が働くため、ネットワーク自体が新規顧客獲得力と既存顧客維持力を持つような「求心力」を有している。

若者のクルマ離れが叫ばれて久しいが、こうした事実をテレマティクス技術とうまく融合させることで若年層を再度自動車市場に呼び込み、新しい自動車事業モデルを構築することはできないだろうか。「Web2.0」的な機能と「明確な ID」を持つテレマティクス・ネットワークを構築し、「趣味・娯楽性」を訴求して「ネットワークの内部性」、「求心力」を高めることで、若年層に魅力ある新しいビジネスモデルを作れないかというテーマである。

テレマティクス会員同士の出会いの場を作るという方法が考えられる。地方の中核都市では娯楽が少ないから娯楽としての自動車購入意欲が高いが、買った自動車で行くべき娯楽施設も遊び仲間も少なく、いつも同じメンバーでファミレスに集まって喋ることが娯楽になっている。例えば、隣町の同年代の女性たちがどこかのファミレスで集まって喋っており、一緒に喋ることのできる男性を年代・居住地指定で探している、といった情報が文字と位置情報付でカーナビ上に表示されたらどうだろうか。

そこまで行かなくても、この海岸でサーフィンの大会をやっている、ここのスポーツバーに集まって阪神の応援をしている、ガンダムファンのイベントがある、あそこのショップにビンテージもののジーンズが出ていた、ダンスチームのメンバー募集、今日の花火の見所はここ、ここのラーメンはおいしい、芸能人が今ここに来ている、映画の舞台になった場所がここにある、といった情報を会員間で交換・共有できる仕組みなら、まじめな自動車メーカーにとっても取っつきやすいだろう。

PC や携帯の世界でも同じように「趣味・娯楽性」をキーワードにした「Web2.0」の世界が広がっているが、行動力を持つ自動車の中にそれが持ち込まれると一層効果的になる。「Web2.0」の弊害である匿名性の悪用の問題には、ホンダのインターナビのところで見たように最終的な ID 特定機能(に担保されたテレマティクスのコミュニケーションの場としての安全性)が歯止めになると考えられる。もし、不安が残るようであれば SNS (ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のように紹介制を持ち込んだり、会員ごともしくは情報種別ごとに「ID」情報の公開範囲をコントロールしたりすることでかなり解決するのではないだろうか。そして、ネットワーク上にいくつもの専門的で人気のあるサブグループが現れるようになると、そのサブグループの中心にいるユーザーがカリスマ化して「求心力」や移動障壁の高い「ネットワークの内部性」の強いネットワークが生まれる。

それと並行して自動車業界ではビジネスモデルの革新にも挑戦してみたい。
現在の自動車ビジネスは数年に一度のイベント発生(車両購入、車検・点検入庫、用品購入)時に商品代を一括もしくは短期の延払いで支払うモデルであるが、携帯電話と同様に毎月サービス利用料を薄く長く徴収するモデルに切り替えていくことを検討したい。

代替時には、機種変更手数料と、一定期間のサービス利用料収入が入ることを前提として割安に設定されたハードウェア料金のみを支払う仕組みにするのである。期間中でも他社に乗り換えることは自由だが、所定の解約料を払わなければいけないという形にすると、自動車ビジネスの安定度は今よりもずっと高まる。

このような仕組みにした場合、自動車業界では従来考えられなかったような自己増殖的な新規顧客獲得能力と既存顧客維持力を持つネットワークが生まれる可能性がある。

冒頭述べたように自動車メーカーは「テレマティクスはお金にならない」として投資抑制に向っているが、上述のようなテレマティクスのポテンシャルに目を向ける価値があろう。

さらに、そのようなネットワークが形成されると、ネットワーク自体が新たなプロフィット・センターに発展していく可能性がある。自動車保険、軽板金、中古車買取といった周辺ビジネス(競合になる恐れもあるから選別が必要だが)はもちろん、スポーツショップ、アパレルショップなど各種の B2C ビジネスの広告媒体としての価値が高まると予想されるからだ。

このような「ネットワークの内部性に注目した Web2.0 型テレマティクス」を展開するのに相応しいプレイヤーは誰かと言えば、必ずしも顧客基盤の大きいトップ企業だとは限らない。au は業界 2 番手であり、MIXI や YouTube はゼロから生まれたベンチャー企業である。自動車業界では、こだわりの強い客層の多いスバルや輸入車の方が求心力の高いネットワーク作りには向いているように思う。

<加藤 真一>

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