自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸
田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。
【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカー
を経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画
などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た
発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。
著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある
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第55回 『オタクに学ぶ』
ややマニアックなクルマの商品企画を担当していた知人から「オタク」の話
を聞いたことがある。その知人がオタクたちの集まるミーティングに初めて参
加したときは、その会場に流れる「気」のすごさに足がすくんだという。例え
ば、あるクルマの話題になったときのことだ。メンバーのひとりが、「あー、
その話はカー雑誌『××』の'93年 4月号、53 ページに書いてあるね。」と言
うのだ。すると、別のメンバーが「いや、それは、53 ページではなく、62 ペー
ジだよ。ちなみに、その記事で紹介されているクルマの写真は'64年型の STD
仕様となっているが、室内にある時計から見ると DX 仕様だと思っているんだ
…」と話が広がっていくのだそうだ。もちろん、そうした発言は手許に資料を
持っているのではなく、全部ソラで言っているのだからスゴイ話だ。
そんな会話に驚いた知人は、彼らのひとりに「当然、主要な自動車雑誌のバ
ックナンバーをすべてお持ちなんでしょうね?」と尋ねた。すると、当たり前
のような顔で「ええ、3 セット持っています」と答えたそうだ。3 セットとい
うのは日頃持ち歩いて痛んでも良い「閲覧用」、切り取りや書き込みをする
「加工用」、そして買ったら、手を触れず本棚にしまっておく「永久保存用」
であり、本に限らずカタログなども同様だそうだ。
もちろん、こうした資料の集め方をしているのは一部のオタクの人だけだ。
しかし、彼らが莫大な手間ヒマそしてお金をかけていることだけは共通してい
る。だからこそ、違う世界の人間にはまねができないほどの深い知識を持つこ
とができるのだ。そんな話を聞いて、最初はあきれかえったが、やがて思い直
した。私たちのようなデザインや商品企画をする人間にとって、知識は命だ。
しかし、そうした知識をオタクと呼ばれる彼らほどの情熱を傾けて集めている
人が案外と少ないことを思い出したからだ。
特に危ないのは、仕事がそこそこできるようになった十年選手だ。私自身も
経験があるが、いくつかの経験を積んでくると効率の良い仕事ぶりを求められ、
それに応えることができる要領のよさも身につけてくる。しかし、一歩間違え
ると、時間や予算ばかりを気にするようになりかねない。そうなると汗を流し
たり、面倒な作業でしか身につけることのできない情報や知識から遠ざかった
りしてしまう。快適なオフィスに座ってお手軽に集めた情報や知識で厳しいマー
ケットと勝負ができるはずはない。ねえ、おたく、そう思わない?
<岸田 能和>
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