自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸
田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。
【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカー
を経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画
などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た
発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。
著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある
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第37回 『正義の味方』
地下鉄のドアが閉まる直前だった。若い女性がものすごい形相で飛び込んで
きた。おそらく、会社に遅刻しそうなので、化粧もそこそこ(?)で家を飛び
出してきたのだろう。走り始めてしばらくして、彼女が身体の向きを変えよう
としたとき、肩にかけたバッグがドアに挟まっていることに気がついた。さす
がに、飛び込んできたことでバツが悪かったのか、最初はすました表情でバッ
グを引っ張っていた。しかし、やがて、表情が変わった。思いっきり力を入れ
て引っ張っているらしいが、引き出せないからだ。そして、追い討ちをかける
ように車内のアナウンスがあった。「この電車は A 駅までは、進行方向の右側
が開きます」と。そのバッグは進行方向の左側のドアに挟まれており、10 駅く
らい先にある A 駅まで開かないというのだ。
見かねて、正義の味方である私が声をかけた。「力なら自信があるので、私
が引っ張ってみましょうか?」と。すると、彼女は「ドアの外にはみ出してい
るバッグの中には乾電池が入っているので、ダメなんです。」と答えた。バッ
グやコートの裾くらいなら、厚みもたいしてことはないので、引っ張れば大丈
夫だが、電池+バッグの革くらいの厚みだと、閉まったドアを抜け出ることは
できない。
ならば、と言うことで、正義の味方の私としては次の一手を考えた。さすが
に、命に関わるようなことではないので、緊急停止ボタンは押せない。そのた
め、次の駅で降りて、駅員に知らせることにした。この地下鉄はワンマン運転
だし、乗っていた車両は最後尾に近かったからである。しかし、駅のホームに
降りてみると、テレビカメラで監視するシステムとなっており、駅員はいなか
った。しかたがないので、ホームから改札口のあるフロアに上がり、駅員に事
情を話し、車両に連絡をとってもらうことにした。そのあと、挟まれたがバッ
グがどこの駅で解放されたのかは分からないが、急いでいたにもかかわらず彼
女は当分、地下鉄に乗っていたのだろう。
この地下鉄は、ホームドアと呼ばれる線路への転落防止策が施されている。
また、各ドアから乗り込む様子をホームから監視している映像がワンマン運転
手の運転席で確認できるようになっている。もちろん、かけ込み乗車をした彼
女が悪いことは確かだが、一方でいろいろな安全装置がありながらも、挟まっ
たままでも電車は走り、また、それを何とかしようとしてもどうしようもない
というのも、困りものだ。そうなると、たくさんのハイテク安全装置が単なる
人減らしのための冷たい合理化装置にしか見えなくなってしまう。
<岸田 能和>
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