『ECU統合と道州制』
◆トヨタ、ECU統合によるコスト低減を重視
<日経AutomotiveTechnologyTech-on!2006年05月10日号掲載記事>
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日経 Automotive Technology は、トヨタが決算説明会において、VI (Value
Innovation)と呼ばれる同社の原価低減活動を一歩進めて、「ECU (電子制御
ユニット)の一体統合化」という設計思想に踏み込んだシステム単位での原価
低減活動を進めると発表したことに着目しており、5月 15日にはこれがクルマ
の製品アーキテクチャの変化をもたらす可能性について記事を発表している。
今回は私どもなりにトヨタの考える ECU 統合の意味をいくつかの角度から考
察するとともに、そのうち組織論的な意味に関して課題を提起してみたいと思
う。
【ECU 統合の意味するところ】
(1)設計思想上の意味
買い手にとっての価値である品質・性能向上と、作り手にとっての価値であ
る生産性向上を同時に満たすものとして電子制御の手法がクルマに導入されて
久しく、その導入領域は日々拡大している。現在では一台のクルマに 50〜 100
個の ECU が導入され、クルマは走るコンピュータ筺体のような格好になってき
ている。
かつて本誌で本條が詳しく触れているが、
(http://www.sc-abeam.com/mailmagazine/honj/honjo0061.html)
初期の頃の ECU は単品部品の制御用に個別独立的に導入されたが、その後各
ECU に求められる機能が高度化・複雑化する一方で、開発リードタイムの短縮
や信頼性向上が求められるようになってきたため、複数の ECU を車内通信ネッ
トワーク(CAN)で結ぶ時代が到来した。
これにより一つの ECU が持つ最新の機能を他の ECU が CAN を通じて利用で
きるようになったため、個々の ECU に共通の機能を重複して開発・装備する必
要がなくなり、その分開発工数が節約でき、複数の ECU 間での開発次期やバー
ジョンの違いによる機能・性能のばらつきを排除できるようになったのである。
さらに次の段階に進むと、ECU のネットワーク接続をより効率化するために
通信規格自体の標準化が始まり、さらに ECU に載せるプログラムの開発や利用
をより効率化するためにアプリケーション間のインターフェイスの標準化も進
んでいる。
ECU の統合はその究極の形で、各種の標準化努力によって ECU がアプリケー
ション部分での高度化・複雑化に対応できるようになると、いくつかのスーパー
ECU を持ちさえすればもはや従来並みの ECU の数は必要ないということになる。
チップ一つ、ソフト一つといえども開発の工数・リードタイムは馬鹿にならな
いから、ECU の統合により開発の生産性は大きく向上することになる。
開発の生産性の向上は工数を削減し、その分原価低減になることは自明であ
る。
(2)役割分担上の意味
さらに、スーパー ECU の管轄範囲は従来の ECU とは比べものにならないく
らい広いから、その開発者にはスーパー ECU の管轄範囲全体を俯瞰して管理で
きる能力と責任が求められる。
その管理の役割を自動車メーカー自身で担うのではなく、その領域に精通し
たサプライヤに委譲することで、自動車メーカーは管理の業務負担から免れ、
その分より重要な課題に対処できる能力が向上する。
つまり、スーパー ECU の管轄範囲が自動車というシステムを構成するサブシ
ステムだと考えると、サブシステムごとの自立・自責が促され、随分昔から提
唱されながらなかなか実効が上がっていないシステム開発・モジュール供給が
急速に普及する可能性を秘めている。
同時に単品部品の単位では、従来自動車メーカーが内製していた部品を外注
化したり、系列内から調達していた部品をシステムサプライヤの裁量に任せ、
結果的に系列の枠組みを超えて広く外からも調達するような変化が起きる可能
性もある。
また、そうすることで自動車メーカーとしては単品部品の保証責任や個別サ
プライヤごとの管理コストを、より専門性が高いはずのシステムサプライヤに
移転できるからその意味で原価低減上の意味も併せ持つことになる。
(3)組織論的な意味
今回の発表によると、トヨタは従来一台あたり 60個搭載していた ECU を 4
個に統合するそうである。パワートレイン制御、ボディ制御、マルチメディア、
安全制御の 4 つである。
上記の通り、(スーパー) ECU の管轄範囲はとりもなおさず開発責任者、監
督責任者の統制範囲を意味するから、自動車メーカー内部の指揮命令系統や、
調達やサプライヤ・リレーションの括り方にも影響を与える可能性がある。と
いうよりもそうしないと ECU 統合の実効性が見込みにくいことになる。
現在、自動車メーカーの組織は、設計・調達・生産技術に大別し、各々をさ
らにエンジン、ドライブトレイン、シャシー、ボディ、車両、電子、材料など
に細分化しているが、スーパー ECU の制御範囲を基準に括り直す可能性が出て
くるだろう。
さらに外部のサプライヤとの関係においては、上記(2)にも触れたとおり、
システムサプライヤへの権限委譲が進み、彼らの裁量範囲が拡大する可能性を
秘めている。このことを日経 Automotive Technology では、「オープン・モジ
ュラー化の進展の兆し」と捉えているのであろうと思う。
違う言い方をすれば、従来、日本を 47 都道府県に分けながら霞ヶ関が中央
から一元的に統制する中央集権制を敷いていたのに対し、ECU 統合がきっかけ
になって米国型もしくはドイツ型の連邦制への移行が進む可能性があるという
指摘だと捉えることもできる。
筆者もその見解に一部同意するが、本格的な連邦制を目指す意向は自動車メー
カー側にはなく、実際にも正確な意味での連邦制への移行は進まないだろうと
思う。あるとしたら、道州制への移行ではないかと思う。
【道州制とは何か】
道州制の前に、米国・ドイツを例にとって連邦制の定義を確認しておきたい。
米国の連邦制とは、United States の国名に代表されるとおり、もともと別
の国家(State)として生まれたものが外交・防衛など特定の目的に関して政策
協定を結んで統一的な行動を取ることを約した国家連合である。個々の State
では、統一行動を取ることを約した部分以外では完全な予算と裁量権を持ち、
首長や議員も直接選挙によって選出される一方、連邦もその首長(大統領)も
議会(上下院とも)もやはり直接選挙により選出され、State レベルと連邦レ
ベルは制度的に完全に分離独立している。
一方、ドイツの連邦制は領邦国家だったドイツをプロシアが統一してドイツ
帝国を作った際に統一の早期完成のために領邦との妥協のために連邦制をとっ
たことに由来している。
ナチスドイツ時代に中央集権制に移行したが、戦後その反省もあって連邦制
が復活し、強化されている。
米国の連邦制との違いは主に二つある。
第一に、連邦レベルと州レベルの仕事の範囲が分離しておらず、多くの場合、
一つの政策課題について連邦と州との間で競合や協調が行われること。第二に、
連邦参議院が直接選挙制ではなく、州議会の多数派が連邦参議院に代表を送り
込む議院内閣制となっていることである。
この結果、効率性という一面で見た場合、ドイツの連邦制は米国のそれに劣
る。連邦と州との間で利害対立が起きやすく、その調整に時間を要するためで
ある。
しかしながら、両者には共通点もある。いずれも連邦がまずあって、州がそ
れに従うという関係ではなく、州がまずあって連邦はその次だという価値観で
ある。
これらに対して日本で議論されている道州制は似て非なるものであることが
分かる。日本の道州制の議論は主に次の論点から成り立っている。
(1)国が全面的・一元的にコントロールする中央集権体制は高コストである。
(2)一方、都道府県には国の仕事の委譲を受けるだけのインフラとリソースが
ない。
(3)だから、都道府県のドメインを拡大して道州に括り直し、インフラと
リソースを与えた上で国の業務を移管すべきである。
つまり、米独のように地方から発想して国の形を考えたものではなく、国か
ら発想して地方の形を変えたものである。州とはいうが、日本の道州制におけ
る州は米独の連邦制における州とは全く異なるものである(だからこそ連邦制
とは呼ばないのだろう)。
「ECU 統合」をきっかけとしたサプライヤへの権限委譲やサプライヤとの関
係性の変化が米独日のどのパターンに近いかは言うまでもないだろう。自動車
メーカーの課題が広く深いものになる一方、人的リソースやコスト削減余地が
限界に近づいてきているために、サプライヤを統合して事業基盤を強固にし、
そこに裁量権と責任負担を委譲しようというものだと考えれば、それは道州制
に他ならない。
【道州制の課題】
ECU 統合に始まるサプライヤ統合・権限委譲が道州制的なものだとしたら、
それが抱える課題も道州制と類似なものになる可能性が高い。そこで道州制の
議論において課題とされていることを列挙してみたい。大別すると、組織の割
り方と権限委譲の範囲の問題に分かれる。
(1)組織の割り方の問題
道州制では全国を 10〜 12 のブロックに分ける案が主流だが、具体的にどこ
に線を引くかが争点になっている。例えば、中国・四国を一つとするか、中国
と四国を別々のブロックとするかといった議論である。線引きにあたって考慮
されるのは次の 3 項目である。
(A)共同体としての一体性
○地理的な近さ・交流範囲
○文化・歴史の類似性
○産業の発展度合いの均質性
○課題の共通性
(B)統合の効率性
○投資・費用内容の重複
○域内にサブ管理機能が不要
○域内に相互補完関係が成立
○域内で利害調整が多発(域外との間ではレア)
(C)統合後の実行能力
○域内のリーダーシップ・人材の存在
○予算・経済規模
○潜在的成長力
○受益と負担のバランス
(2)権限委譲の範囲の問題
道州制において権限と責任を中央から地方に委譲することは方向性として確
定しているとしても具体的に何をどこまで移譲するかは決まっていない。意思
決定のためには次の点で意思統一がなされなければならない。
(A)国と道州の形(ミッション、ビジョン)
道州制移行後に国・州は各々どんな役割を担い、どのような姿を目指すかと
いう議論。既に見てきたように同じ連邦制でも米国とドイツは全く異なる連邦
制だし、ロシア、スイス、ブラジル、アラブ首長国連邦も各々定義が異なる。
(B)サービス領域(事業ドメイン)
ミッション、ビジョンを実現する公共サービスの範囲や中身を確定すること
である。例えば、義務教育は国家事業とするか、道州の事業とするか。
(C)道州の強み(コアコンピタンス)
各道州が公共サービスを提供する上での強みをどこに求めるか。道州制が中
央集権制に比べて効率性を発揮するためには道州間の競争は不可欠である。例
えば企業や人材の誘致・引き留めは道州間あるいは国と道州との間での競合と
なるが、どこに差別的優位性を求めるか。(それ次第では、いずれ破綻する道
州も出てくる可能性がある。)
(D)戦略
道州間・国との間での競合を前提とすれば、企業経営と同様に戦略の巧拙が
問われることは必至である。組織・人事、財務、マーケティング、設備投資、
R&D、顧客満足等等。
(E)組織存続要件(共通目的、貢献意欲、コミュニケーション)
分権制を取りながらも国家としての一体性を維持すること、より身近な存在
であった都道府県を廃してまで道州制を採用したことに対する見返りを明確に
し、構成員の貢献意欲を高めること、そのために効果的なコミュニケーション
を心がけることは不可欠であろう。
【まとめ】
ECU 統合は組織論的な変革を促す潜在性を秘めており、その変革の方向性は
道州制の議論と似たものになる可能性がある。だとすると、道州制が抱えてい
るのと同じ課題を ECU 統合も抱える可能性があるが、その多くは競争戦略や事
業開発戦略を含む経営戦略そのもの、経営戦略全体の課題と重なる。
単なる設計技術論、コスト削減策の次元では済まさず、より大きな経営戦略
論の文脈で捉えて取り組むべき重要課題の一つである。
<加藤 真一>
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