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加藤 真一 執筆記事一覧
 
 
 
『プロモーションに求められるものづくりやマーケティング戦略との整合性』
(三菱自動車、米国での「新車購入でガソリン 1年分プレゼント」企画が人気。
 10月末までの期間限定ながら、米メディアでも好意的に取り上げられている)

                 <2005年09月29日号掲載記事>

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【0−0−0−0 キャンペーンの思い出】

 「ガソリン 1年分プレゼント」というキャンペーンを見て懐かしくなった。
というのも、90年代後半、日本の自動車メーカーの米国法人でマーケティング
の仕事をしていた当時に筆者もほぼ同じ企画を社内で提案していたからである。

 厳密には、筆者が考えていたのは「0−0−0−0 キャンペーン」である。これ
もその後三菱自動車が実行して巨額の損失を出した「0−0−0 キャンペーン」
と似ているのだが、購入から 3 ヶ月間に限って、頭金 0、金利 0 %、返済 0
に、ガソリン代 0 を加えて、購入から 3 ヶ月間は自動車の取得・維持に関わ
るコストを完全にゼロにしてしまおう、というコンセプトだった。

 因みに三菱自動車の「0−0−0 キャンペーン」に関しては、以前本誌で長谷
川が問題提起をしている(*)が、その内容は「審査基準の緩和によって」、
本来顧客足りえない客層を「1年間もの間」顧客として扱ってきたことを指摘し
たもので、当時筆者が検討していた「0−0−0−0」(審査基準は変えない、市
場特性を睨んだ特別の期間だけの設定)とは性質が異なっていた。

* http://www.sc-abeam.com/mailmagazine/hase/0012.html

 当時このようなキャンペーンを検討した直接の引き金は、「税金還付の直前
期の買い控えを抑えて販売レートを平準化させたかった」ことなのだが、より
根本的には私の勤めていたメーカーの商品は「出始めの頃の紙おむつ」と同じ
だと私自身が思っていたことが背景にあったと思う。

 つまり、「使ってみればよさが分かる、使ってみなければよさが分からない」
という商品で、だからこそ紙おむつが日本に入ってきたときに団地で大量のサ
ンプルを配ったのと同様のプロモーションが有効だと考えた。

 最近では、Yahoo! BB が取った戦略であり、多くのクレジットカード会社が
行なっている入会金や初年度会費無料のキャンペーンもこれに当たる。商品や
サービスに自信があるからこそできるプロモーションでもある。

 実際には、社内の大反対を受けて「0−0−0−0」どころか「0−0−0」すらも
実行に移すことなくお蔵入りしたのだが、今にしてみるとそれでよかったと思
っている。三菱自動車の巨額損失を見たからではない。ものづくりやマーケテ
ィング戦略全体との整合性や一貫性がなかったことに気付いたからである。

【0−0−0−0 キャンペーンが成立するための条件】

 「0−0−0−0」キャンペーンが顧客に訴求するのは、結局のところ「ライフ
タイム・オーナーシップ(生涯所有)コスト」の安さということになる。「ラ
イフタイム・コスト(LTC)」=「取得コスト+維持コスト−処分価格」だから、
「LTC が安い」というのは、取得と維持に関わるコストが安く、処分価格が高
いことによって実現される。

 そのためには、具体的には次のような施策が戦略的に計画され、実施されて
いることが必要だと考えられる。

 ◆市場(顧客)選択
競合商品の少ないセグメントを選ぶ。フリートには売らない。価格優先客
には売らない。

◆商品
定番商品。燃費重視。保険料率の低い車型・性能。長寿命でメンテナンス・
フリーの部品、経年劣化しない鋼板や塗料、よれやへたりのないシートの
採用。シンプルな造形や機能、部品構成。

◆価格
市場の評価とは関係なくスペック本位・コストプラス型の価格設定はしな
い。値引余地のある標準小売価格設定をしない。

 ◆物流管理
売れた分だけ作り、在庫を持たないサプライ・チェーン・マネジメント。
リードタイムの短い現地生産車中心の品揃え。リースアップ車競売の場所
や時期の平準化。

◆販売店
商品価値を正確に理解し、顧客にしっかり伝達できる販売店や営業マン以
外には扱わせない。顧客管理ができず顧客満足度の低い販売店には扱わせ
ない。販売店間の台数競争を煽らない。

◆サービス
保証期間を長くする。メンテナンスの作業時間を短くし、工賃を下げる。
補修部品の単価を安くする。部品の在庫充足率を高める。一入庫で解決し
ないトラブル(見逃しや誤整備)を減らす。

 当時筆者がいた自動車メーカーでは、このようなものづくりもマーケティン
グも行なっていなかった。「やろうとしていたのにできていなかった」という
施策もあるにはあるが、多くは「そもそも LTC の引き下げを目指していなかっ
たからやっていなかった」施策である。

【現実とのギャップのあるプロモーションの問題点】

 当時の筆者の会社は「魚のいない池にいつまでも竿を垂れているわけにはい
かない」として、モデルチェンジのたびごとに標的顧客層を変えていた。新た
に狙う顧客層には、競合他社がひしめいていたことが多い。現地製のモデルは
収益性に問題があったためリードタイムの長い日本からの輸出車を中心とする
商品構成に変えていたが、その結果在庫が膨らみがちとなり、フリート販売や
在庫一掃のための施策に追われていた。その結果、ディーラー開発やサービス
は後手に回りがちで、気が付くと中古車価格で他社にかなり差を付けられてい
た。

 このような状況において、「LTC の安さ」に動機付けられるような顧客層を
惹きつけて購入してもらい、実際に 3 ヶ月間の体験をしてもらうとどのような
ことが起きるだろうか。顧客は二つのタイプに分かれるだろう。

 第一に、3 ヶ月の間に「LTC が実は高い」という体験をする顧客である。実
は保険料が高かったとか、3 ヶ月の間に整備や修理で一回あたりの時間が想像
以上に掛かったり、何度も足を運ばされたりして、「取得コストは安かったが、
実質的な維持コストが高かった」と感じるケースがこれに該当する。こうした
顧客は、「LTC が安い」というプロモーションに偽りがあったと不満を感じる
ことになる。

 第二に、3 ヶ月の間に「確かに LTC が安い」という体験をする顧客である。
しかし、このような顧客層が感じる「LTC の安さ」は「プロモーションに支え
られた取得コストと維持コストの安さ」によるものだから、プロモーションが
切れる 4 ヶ月目には神通力が消えてしまう。その結果、徐々に現実とのギャッ
プに不満を感じることになる。

 結局、どちらの顧客層もどこかの時点で「LTC が安い」というプロモーショ
ンに不満を感じることになるが、その不満は処分の段階で決定的なものになる
可能性がある。不満を覚えながら売却しようとしたときに、売却価格が相場以
上に値崩れしていると、「取得コスト+維持コスト−処分価格」で表される LTC
が非常に高いものに付く。もともと「LTC の安さ」に惹かれて購入を決めた顧
客層だから、所有期間中を通じて感じていた「LTC の高さ」を最終段階で痛感
させられることにより、二度と同じブランドを買ってくれなくなる恐れが高い。
顧客基盤を広げるためのプロモーションが皮肉にも顧客基盤を失わせかねない
結果に陥るということである。

【プロモーションの正攻法】

 このような矛盾や問題が起きるのは、プロモーションのメッセージがものづ
くりやマーケティングの現実と異なっているためである。仮に、燃費が非常に
よく、保険料の安い商品で、中古車の値落ちも小さくなるように意識的に設計
され、事実そうなっている自動車に対して「LTC の安さ」を訴えるプロモーシ
ョンを打つのであれば問題はないし、寧ろ非常に効果的である。

 別の言い方をすると、プロモーションでは自社の商品・サービスの強みや価
値を訴求することが最も有効な方法であり、それと無関係なプロモーションは
いかに時宜を得て人の目を引いたとしてもあまり効果的とはいえないというこ
とである。

 例えば、「オプション 10 万円プレゼント」というプロモーションがあった
が、これなどは本体の価値を高めるような魅力的なオプションを数々設定して
いるのに顧客の目に止まらないとか、高くて手が出ないといったようなケース
(ホンダのナイトビジョン等)には有効ではないかと思う。PC の世界でよく行
なわれているが、本来は一つ上のグレードの方がモデルのよさが伝わるのに下
のグレードばかり売れているようなケースでの「アップグレード・キャンペー
ン」等も自動車でも有効ではないかと思う。

【許容範囲の変則的プロモーション】

 このように商品本来の強みや価値を訴求する統合的なプロモーションが最も
効果的だというものの、いつでも正攻法が取れるとは限らないし、正攻法だけ
ではプロモーションの選択肢やメリハリが少なくなってしまうのも事実である。
そこで、紙おむつやクレジットカードの成功例を勘案しながら、筆者の発想の
原点にあった「まずは使ってみてよさを体験してもらう」ためのプロモーショ
ンを自動車において実施の余地がないかを検討してみたい。次の 3 つの方法が
あるのではないかと考えられる。

 第一に、LTC については触れないという方法である。

 ガソリン代まで 0 にしようというから維持費も含めた「LTC の安さ」を訴求
しているように感じ取れるのであって、3 ヶ月間の頭金・金利・支払だけを 0
にするというキャンペーンであれば、取得コストの安さだけしか言っていない
から「LTC が安い」という期待や誤解が生じる可能性は低い。

 そういうとやや欺瞞的に感じるかもしれないが、紙おむつやクレジットカー
ドでも取得のハードルの低さを言っているだけで、維持費や処分も含めた LTC
が安いなどとは全く言っていない。取得のハードルを下げておいて、その間に
コスト以外の価値(ここでは利便性)を実感して欲しいというプロモーション
になっているのである。

 つまり、自動車の場合でも維持費も含めた「0−0−0−0」のキャンペーンは
誤ったメッセージを伝えかねないから問題なのであって、期間限定の「0−0−0」
キャンペーンにとどめて、それ以外の商品価値(例えばキビキビしたハンドリ
ングや座り心地のいいシート)を実感して欲しいというメッセージを伝えるこ
とができれば、これは立派な正攻法のプロモーションになるだろう。

 但し、この場合、「0−0−0」以外の商品価値を 3 ヶ月なら 3 ヶ月の期間中
に明確に顧客が感じ取れることが不可欠で、相当特殊な商品(コンバーチブル
とかハイブリッドなど)に限定される可能性が高い。

 第二に、顧客をリスクフリーにする方法である。

 紙おむつもクレジットカードも使用をやめればそれ以降の負担はない(そも
そも処分という概念がないうえ、紙おむつには維持費もない。カードの場合も
解約すれば維持費が不要になる)。自動車の場合は、使用を止めても維持費が
掛かり、処分価格が高い安いのリスクが存在して、それが顧客負担になるとこ
ろが違いで、そこに不満を生じる余地がある。

 だから、自動車でも顧客をリスクから解放できれば、紙おむつやクレジット
カードと同じプロモーションが成立する可能性があると考えられる。

 例えば、期間経過後は返却だけで済むモニターキャンペーンや、ペナルティ
なしで解約・返品できる売買契約、ローン契約等がそれに該当する。

 もっとも、この場合も第一のケースと同様に短い期間でも商品価値が明確に
伝わる商品でなければ期間満了と同時に返品・解約が相次ぐだろうし、その際
に企業側が問題なく返品・解約処理できる体制が整っていなければいけないか
ら、結局は予め LTC が安く済むように初めから作りこまれた商品にしか適用で
きない可能性が高いことを念頭においておくべきであろう。

 第三に、本当に LTC をはっきりと安くしてしまう方法である。

 取得・維持・処分に関わる LTC を顧客に対して「見える化」してしまい、そ
の安さを堂々と訴求するプロモーションであれば欺瞞も不満もない。

 例えば、クローズド・エンド・リース(残存価格を設定して保証する形のリー
ス)に延長保証(通常の保証に比べて期間や対象を拡大した保証)やフリー・
メンテナンス・プログラム(保証の対象外の点検・整備や消耗部品・交換部品
のコストを組み込んだサービス)を組み合わせて、その総額を安く設定すれば、
これは正攻法中の正攻法のプロモーションとなる。

 もっとも、この場合は LTC のリスクは全面的に自動車メーカー側が負うこと
になるから、予め LTC が安くなるように作りこまれた商品以外に適用すると自
動車メーカーに思わぬ損失が発生する恐れがある。

【まとめ】

 狭義のマーケティングといえばプロモーションのことと考えられ、実際にプ
ロモーション領域では知恵次第で無限のアプローチがあるように考える人も多
く、事実として多くの奇抜なプロモーションが打たれている。しかし、プロモー
ションがマーケティング戦略の一部であり、マーケティング戦略が企業戦略の
一部であることを考えれば、ものづくりやマーケティング戦略全体との整合性
を無視したプロモーションはありえないことが分かる。

 三菱自動車の「ガソリン代 1年分プレゼント」という今回のキャンペーンは
非常に時宜を得たプロモーションであり、在庫一層という短期的な目的には資
すると考えられるが、中長期的に同社のものづくりやマーケティング戦略全体
との中でどのように位置付けられるかをよく検討しておく必要があるだろう。

                        <加藤 真一>


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