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加藤 真一 執筆記事一覧
 
 
 
◆ベストなマーケティング・ツールは?(ブランド・)ロイヤリティだよ

           <Automotive News 2004年 11月22日号掲載記事>

【業界の常識】

 CS (顧客満足)を高めることの目的は、それによってブランド・ロイヤルテ
ィを高めることにあり、ブランド・ロイヤリティ向上の目的は、新規顧客に比
べてコストの安いリピート・バイヤーを増やすこと(顧客防衛率の向上)にあ
る、従って、CS とブランド・ロイヤリティと顧客防衛率は同義語だというのが
業界の定説である。

 Automotive News11月 22日号は、米調査会社 J.D. Power and Associates
(以下 JD Power)が昨年行なった顧客防衛率調査(2003 Customer Retention
Study)結果をもとに、掲題のタイトルの記事を掲載している。
 その中身は、極めて常識的で平凡である。要約すると次のような内容である。

 (1) 顧客防衛率の首位が Chevrolet であるがトヨタに肉薄され、ホンダも
かなり上位に食い込んできていること、
(2) 逆に顧客流出率の上位にはいすゞやスズキ、マツダが並んでいること、
(3) 一般に、商品ラインの幅が狭いブランドでは顧客維持は簡単ではない。
顧客維持に熱心な Jeep でも 3分の 2 が流出してしまう。
(4) しかし、顧客維持に努めないとブランドの将来はない。新規の顧客獲
得のコストは顧客維持コストの 3〜5 倍掛かるからだ。
(5) 顧客維持のためには、よい商品とよいディーラーを持ち、顧客とのタ
ッチポイントを良好にしておくことが重要だ。

 その後、JD Power は 12月 9日に 2004年版の顧客防衛率調査(2004 Customer
Retention Study)の結果を発表した。防衛率上位 10 社、下位 10 社は下記の
通りである。

 上位: トヨタ、Lexus、Chevrolet、現代、ホンダ、Ford、Cadillac、
Mercedes Benz、BMW、起亜
下位: Oldsmobile、いすゞ、マツダ、Saab、スズキ、Infiniti、三菱、
Pontiac、VW 、Mercury。

 顧客防衛率でトヨタ、Lexus がついにワン・ツー・フィニッシュとなったこ
と、最近元気のいい韓国勢がここでも頑張っていることを除けば、大きなサプ
ライズはない。また、JD Power の主張自体も次の通り従来どおりである。

(1)顧客流出の主な原因は、長期的な耐久性の低さ、メンテナンス・コスト
の高さ、ディーラーのサービスに対する嫌な経験である。顧客維持のた
めにはそれらの改善が必要である。
(2)しかし、顧客維持のためには顧客流出防止だけやっていたのでは駄目。
流出数以上の顧客を新規に獲得することも重要で、そのためには商品の
魅力度を高めることが重要である。

 これらをまとめると、「業界の常識」は次のように整理できるだろう。

(1)自動車業界では、「顧客防衛率」を高めることが重要成功要因(CSF。
Critical Success Factor)である。

(2)そのためには「ブランド・ロイヤリティ」と「新商品の魅力度」を高め
なければいけない。

(3)「ブランド・ロイヤリティ」とは抽象的な概念なので、これを CS (顧
客満足) に関する指標で代替させる。即ち、顧客にとっての二つのタ
ッチ・ポイント、即ち、商品の品質とディーラーのサービスに対する満
足度である。

(4)従って、「顧客防衛率」という CSF は、次の 3 つに分解したうえで、
各々の責任部署にてモニターし、ギャップを分析して対策を講じること
が可能である。つまり、これらが KPI (Key Performance Indicator。
重要業績評価指標)である。
(A)商品(これまで乗っていたクルマ)の長期品質に対する顧客満足度
(B)利用期間中のディーラー・サービスに対する顧客満足度
(C)新商品(新たに発表されたクルマ)の魅力度

(5)これらはいずれも JD Power から他社との比較や、時系列変化とともに
毎年発表され、便利なのでそれを利用することが多い。

(A) VDS=Vehicle Dependability Study
3年落ちのクルマのトラブルやクレームの多さを指数化したもの。
通常 3年は保証期間内でこの間のブランド経験が保証期間後の整
備や補修の際にディーラーに足を運ぶかどうか(ブランド・ロイ
ヤルティ)を決定付け、代替の意思決定にも大きな影響を与える
とされる。2001年モデルを対象にした 2004年の調査では、Lexus、
Buick、Infiniti が上位を占めている。

(B) CSI=Customer Service Index Study
新車購入後 3年間のディーラー・サービスに対する顧客満足度を
指数化したもの。最新の 2003年の調査では、Infiniti、Saturn、
Acura が御三家で、次点は Lexus である。

(C) APEAL=Automotive Performance, Execution and Layout
新車購入の 90日後に尋ねたクルマのデザインや機能、性能に関す
る顧客満足度を指数化したもの。最新の 2004年の調査の上位 3
ブランドは、Lexus、Porsche、Cadillac である。

(6)結果的に、VDS、CSI、APEAL の 3 つを KPI として、その改善を通じて
「顧客防衛率向上」という CSF を達成することが勝利の方程式である。

【業界の常識を疑え】

 「業界の常識」とは、つまり、「ブランド内での買い替え(顧客防衛)」=
「ブランド・ロイヤリティ」(=「CS」)X「新商品の魅力度」という数式で
ある。(CS の KPI として、上記では VDS と CSI を使用したが、ブランドに
よっては IQS=初期品質に関する顧客満足度や、SSI=ディーラーでの新車購入
プロセスでの顧客満足度を代替的にまたは補完的に利用する場合もあるかもし
れないが、コンセプトは同じである。)

 どこから見ても至極正論であるこの考え方が完全に間違っているとは言えな
いが、ラグジュアリー・ブランド以外には当てはまらない場合、さらには危険
な場合も多いというのが筆者の主張である。

 次の数字をご覧いただきたい。

◇トヨタ 8-28-22- 1 ◇Lexus 1- 4- 1- 2
◇ホンダ 6-19-21- 5 ◇Acura 7- 3- 8-22
◇日産 17-31-17-19 ◇Infiniti 3- 1- 6-30
◇スバル 20-26-35-11 ◇Chevrolet 11-16-30- 3
◇マツダ 19-26-16-33 ◇Ford 16-25-28- 6
◇Porsche 10- 9- 2-20 ◇現代 32-30-22- 4


 数字は、左から順に、VDS (2004)、CSI (2003)、APEAL (2004)、顧客
防衛率(2004)の各調査における各ブランドのランキングである。

 顧客防衛率で Lexus がトップランクに来るのが当然だということがよく分か
る。VDS、CSI、APEAL のいずれにおいてもトップランクだからである。
 しかし、なぜその Lexus を押しのけてトヨタが首位に立つ理由があるのだろ
うか。トヨタは、KPI3 指標においていずれも Lexus は勿論、ホンダの後塵を
も拝しており、理論的には顧客防衛率においてホンダを上回ることはないはず
だ。だが、現実にはホンダは、トヨタどころか Chevrolet や現代よりも下位に
あり、Ford のすぐ上に過ぎない。

 では、その Chevrolet や、Ford や、現代が顧客防衛率でトップクラスに来
る理由があるか。少なくともCSと新車魅力度からは説明できない。

 Infiniti と Acura は 3 つの KPI が全て 8 位以内にあり、どんなに悪くて
も顧客防衛率で 8 位以内に来るべきであるが、実際にはいずれも業界平均をず
っと下回り、Infiniti に至ってはスズキと並んで下から 5 番目である。
 Porsche も顧客防衛率でベスト 10 入り資格を持っているはずなのに実際に
は業界平均よりずっと下である。
 
 誤解のないように申し添えると、これは JD Power の調査の信頼性を疑うも
のではないし、上記 3 つの KPI と顧客防衛率のランキングが当てはまるブラ
ンドも数多い。例えば、BMW、Mercedes Benz、Audi、Jaguar、Cadillac 等の高
級ブランドや、Buick、Mercury 等の中上級ブランドでは、ほぼ妥当な結論を得
る。また、その他のノン・ラグジュアリーにおいても、スズキ、三菱、いすゞ、
VW 等、全ての KPI で低位のブランドは顧客防衛率においても低位という意味
での整合性は取れている。上位メーカーでもトヨタ、ホンダに比べて 3 つの
KPI が大きく劣る日産についてもほぼ妥当な結論が出ていると言える。

 つまり、「業界の常識」は、ラグジュアリー・ブランドについては当てはま
るが、ノンラグジュアリー・ブランドにおいては CS や新車魅力度に関する KPI
が極端に低い場合を除いてこの公式があまり当てはまらない、KPI を高めても
顧客防衛率はそれ程上がらないというのが実態である。

【業界の常識の真相】

 実はこのようなバラつきが生じる理由を、Automotive News 誌で JD Power
が述べている。
 JD Power は、顧客防衛率調査の中で、Defectors Survey (流出顧客に対す
る流出理由調査)も行なっているが、その結果、「ブランド経験の満足度や新
商品の魅力度に拘わらず、自分のライフサイクルの変化に対応する商品が従来
のブランド内になかった」ことを流出理由に挙げる流出客が多いという。

 Chevrolet や Ford は、新車の魅力度や商品品質に関する CS 指標ではトヨ
タやホンダに全く歯が立たないが、ディーラー・サービスに関する CS 指標で
は、その拠点数の多さにモノを言わせてまずまずの満足度を与えている。
 顧客のライフ・ステージの変化にあたっては、それにフルラインの強みを活
かすことで顧客防衛率を高めていると考えられる。トヨタ対ホンダの関係でも
同じようなことが言え、現代が中堅クラスの日本車をリードしていること、今
後フルライン化を進めようとしていることも根っこは同じと考えられる。

 つまり、こういうことである。ノンラグジュアリー・ブランドにおいては、
「顧客防衛率」=「ブランド・ロイヤリティ」(=CS)X「新商品の魅力度」
X「商品ラインナップ」であり、寧ろ、「商品ラインナップ」のファクターの
ウェイトがより高いということだ。

 違う言い方をすれば、ノン・ラグジュアリーの世界では、「商品ラインナッ
プ」が同じであれば「ブランド・ロイヤリティ」が高いブランドが「顧客防衛
率」で勝者になる可能性が高いが、「ブランド・ロイヤリティ」が同じか、少
し優る程度では中下位のセミニッチ・ブランドがフルライン・メーカーに「顧
客防衛率」で優ることはない、ということになる。

 実は、この新公式はラグジュアリー・ブランドについても当てはまる。
 ラグジュアリー・セグメントとは、顧客のライフ・ステージが究極まで進化
し、ライフ・シーンの変化に乏しいセグメントである。従って、日頃タッチポ
イントで満足感を提供しておき、魅力的な新商品投入のタイミングで買い替え
を促す、というのが非常に自然なプロセスなので、「商品ラインナップ」はあ
まり関係ないように見える。(Infiniti や Acura の顧客防衛率が低い理由は、
まだライフ・ステージの最終商品というポジショニングを得られていないため
と想定される。)
 しかし、それでも SUV やミニバン等を用意して少しでも「商品ラインナップ」
を強化しているブランドほど「顧客防衛率」は高いのである。

【中下位メーカーのマーケティング戦略】

 業界では、ラグジュアリー・ブランドやフルライン・メーカーに限らず、全
ての自動車メーカーが「顧客防衛率こそ CSF」という既成概念を信じて、「CS
向上」「ブランド・ロイヤリティ強化」「リレーションシップ・マーケティン
グ」に必死である。

 しかし、上記で見たとおり、「CS 向上」→「ブランド・ロイヤリティ向上」
→「顧客防衛率向上」→「顧客シェア向上」→「収穫逓増」→「顧客の生涯価
値(ライフタイム・バリュー)の拡大」→「事業の安定性と収益性の向上」と
いう黄金の図式は、フルライン・メーカーでもラグジュアリー・ブランドでも
ない多くの中下位メーカーにとっては必ずしも当てはまらない。「CS」や「ブ
ランド・ロイヤリティ」への投資が「顧客防衛率」向上に結びつかず、無駄な
投資に終わる恐れすらあると思われる。勝ち目のない戦に挑む結果になりかね
ないのだ。

 フルラインでもラグジュアリーでもない中下位メーカーにとって、本当に
「ブランド・ロイヤリティ」の維持・向上が「顧客防衛率」の向上になるのか、
また、それが CSF になるのかどうかを問い直す必要があるのではないか。

 そもそも「顧客防衛率」が低いことは一概に悪いこととは言えない。

(1)毎年顧客流出率が 100% であったとしても常に新規顧客を同数以上獲得で
きれば企業としては成長していく。
(2)毎年顧客基盤が入れ替わるとなると、企業としての安定性を欠くことは間
違いないが、逆に言えば、安定性・一貫性の要求ゆえにフルライン・メー
カーが取れない戦略にも挑戦できる柔軟性という強みを持つとも言える。
(フルチェンジの際に既納客からの抵抗や、商品ラインナップ上のコンフ
リクトやカニバリゼーションを気にせずに思い切った商品企画が出来る等)
(3)新規顧客獲得コストは顧客維持コストよりも高く付くと言われるが、それ
は顧客維持が可能な場合であって、不可能な場合には顧客維持コストこそ
無駄である。
(4)それでも新規顧客獲得コストの高さが問題になるのであれば、安上がりで
済む方法を検討することは不可能とは言えない。

 上記のうち、(4)について補足すると、日本にその成功例があると言えるの
ではないか。軽自動車である。
 軽自動車は若者と地方に人気の商品だが、一生涯軽自動車に乗り続ける人は
まずいないだろうし、地方でも一家に一台軽自動車だけしかないという家庭は
稀有であろう。一世帯で 4〜 5台所有する中の 1〜 2台が奥さんや娘さんの通
勤通学の足として活躍しているはずだ。

 そこでは「顧客防衛率」など端から眼中にない。ある特定のライフ・ステー
ジやライフ・シーンにマッチするようにセグメントを絞り込み、そこでの商品
性を徹底的に磨き上げて、フルライン・メーカーといえども安易に入ってくる
ことの出来ない参入障壁を築くことで、あるライフ・ステージやライフ・シー
ンに来た人たちが嫌でもショッピング・リストに入れざるを得ないところに身
を置いている。それによって新規顧客開拓コストの上昇を防いでいるのだ。
 「顧客防衛率」ではなく、いわば「特定ライフ・ステージ防衛率」とか「特
定ライフ・シーン防衛率」を達成目標にしているということが出来る。そのた
めに、「CS への投資」よりも「商品の魅力度への投資」を優先しているとも言
える。
 
 スバルもこれに似たところがあるように思う。AWD、ツーリング・ワゴンとい
う独自の商品を磨き上げ、とりわけ宣伝、インセンティブや販売ネットワーク、
CS で卓越したものを持たなくても、悪路走行が避けられない地域での使用や、
アウトドア・ライフシーンでは検討対象に加えざるを得ないポジショニングに
ある。「CS」よりも「商品の魅力度」を優先する戦略で、中下位メーカーが参
考にする価値のあるブランドだと思う。

 一つ気になるのは、そのスバルの「顧客防衛率」が業界平均並みと(失礼な
がら)意外に高く、それが「新商品の魅力度」に関する指標(APEAL)が低い局
面で起きていることである。CS は低いので、もしかすると、「顧客防衛率」維
持のために価格やプロモーションに注力しているのかもしれない。
 そうであれば、スバルも新種のブランド・ロイヤリティ病に冒され始めた
ということになり、心配である。
                        <加藤 真一>

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