◆韓国・現代自動車、米国現地法人との間で不協和音
<2004年11月1日付Automotive News誌掲載記事>
現代は、2010年までに、昨年実績約 40 万台の米国での販売を 100 万台に拡
大することと、トヨタの Lexus、ホンダの Acura、日産の Infiniti に相当す
る高級車販売チャネルを構築することを既に発表している。
2004年 11月 1日付け Automotive News 誌は、これに対する現代自動車の米
国法人 Hyundai Motor America のマーケティングのトップ、Paul Sellers 氏
と、戦略企画・製品企画担当バイス・プレジデント、John Krafcik 氏のコメン
トを掲載している。
2010年 100 万台に対しては、
1. 韓国の経営陣は非常に強気で攻撃的だ。それ自体は全くポジティブなア
プローチだし、目標は高くあるべきだが、同時に現実的でなければならな
い。
2. 親会社は(100 万台を売るために)米国にはもっと多くのディーラーが
必要だ、もっとディーラーを設置しなさい、と言ってくる。もし、親会社
が要求するように 2010年までに 1000 店舗を達成しようとすれば、毎年
60 店舗ずつ設置しなければならないことになる。このフランチャイズ(現
代)が年間 60 店舗ものディーラーを設置したことは過去の歴史を通じて
いかなる年、時期にも一度もない。
3.(ディーラーの起用にあたっては)誰を起用するのか、どこに立地するの
か、どんなファシリティ能力を持つのか等に細心の注意を払わなければな
らない。米国における現代の成功は多くの関心を関心を呼び起こしている
ものの、殆どのディーラー候補は現代が必要とするファシリティを持って
いない。私たちが(高級車チャネルのディーラー候補の資質として)求め
ているのは、本当に優良で、よく資本集約された、優秀な顧客満足度の歴
史を持つ高品質ディーラーだが、我々のフランチャイズの中にそのような
(成功)体験を持つディーラーは殆どいない。
高級車チャネルに対しては、
1. 韓国のリーダーたちとは常に激しい攻防戦である。韓国の経営陣は性急
な実現を求めているが、それは全く意味のないことだと我々(米国側)は
言っている。3-4年のうちにという報道もあるが、とにかくできるだけ延期
するべきだ。
2. 結論が出るのは 2007年の終りか 2008年の初めになるだろう。結論が出
れば、2010年か 2011年の実現に向けて動き出すだろうが、現時点でそれ
(高級車チャネルを構築すること)は全くの投機(と同じくらいリスクの
高い戦略)だ。
3. Lexus も(最初は価格競争力を武器に市場参入して)忍耐強く時間をか
けて(ブランドや価格)ポジションを改善してきた。(我々も)その戦略
を踏襲すべきかどうかといえば、おそらくその通りである。
4. 我々(米国人スタッフ)の中には Infinity や Acura や Amati (かつ
てマツダが計画していた高級車チャネル)での経験を持つ人間が多数いる。
彼らはそれがどれだけの時間とお金を要するものかを心得ており、非常に
忍耐強い。我々は他の OEM がこの国で犯してきた過ちを犯したくない。
この記事を見て読者の方々はどのようにお感じになるだろうか。おそらく 2
つの見方があるのではないだろうか。
現場経験の長い方や海外駐在の経験のある方は、Sellers 氏や Krafcik 氏に
同情されると思う。
「本社は現実を直視すべきだ。現場の生の声をきちんと聞き、過去の失敗経
験に学ばずに、本社の机上の戦略を押し付ける現代のやり方では絶対に成功し
ない。文化や価値観の異なる海外オペレーションでは特にそうだ。」と。
一方、経営企画部門等コーポレートの戦略の立案・管理部門が長い方は、韓
国本社に共感されるのではないか。
「現場のビジョンは過去と今の延長線上にしかない。批判はするが提案はな
い。そんなことを続けていればいつまでたっても革新や飛躍は訪れない。だか
ら、コーポレート側からストレッチ・ゴールを提示して現場に危機感を醸成し、
実現のための施策を抜本的なところから考えさせる必要があるのだ。」と。
現地側の言い分が保守的過ぎるとは言えない。
1. 昨年の現代の米国での販売実績は 40 万台である。86年の米国進出以来
28年かけてようやくそこまで来た。それをあと 6年で 2.5 倍に増やすこと
が現実的か、それをミッションとして与えられた現地側が本当に自らの達
成目標として士気高くアクションに移せるか、という問題がある。
2. 以前、本誌 vol.21 でも取り上げたように過去数年間、現代は量的拡大
以上に事業の質の改善に必死に取り組んできた。
http://www.sc-abeam.com/library/kato/kato0021-1.html
その結果、J.D. Power and Associates の今年度の初期品質調査(IQS)
ではブランド別ランキングでトヨタをも上回る 7 位に付ける快挙を遂げた。
しかし、耐久性調査(VDS)では依然として最下級クラスの 32 位に低迷し
ており、課題はまだまだ多い。現代車の評価は依然として低価格車である。
質も量もどちらも追求すべき課題であるのは間違いないが、あと 6年で
台数を 2.5 倍にすることが戦略的に重要なのであれば質の改善活動よりも
量的拡大優先せざるを得ない。本当にそれでいいのか、折角ここまでやっ
てきたことはどうなるのか、という思いが現地側にはあろう。
実際のところ、「2010年 100 万台」の達成に向けて現代は今後 2年間で
最低 7 つの新車種を米国市場に投入する計画という。この中には現代初の
米国生産となる 2 つの主力車種が含まれる。昨年 日産が 180 計画に沿っ
て米国での拡販を睨んでキャントン工場製の 4 車種を投入した直後に品質
クレームが相次ぎ、今年は IQS が大きく低下したことは記憶に新しく、量
と質の両立の難しさを物語っている。
3. 量的拡大が優先される局面で、同時に高級車チャネル構築を目指すとい
うのもマーケティングの定石としては普通は採用しない戦略である。西部
戦線で連合国と戦いながらソ連を攻略したドイツの作戦に例えられる破滅
型の戦略であり、リソースが幾らあっても足りず、兵站が続かないからだ。
トヨタは 89年に米国に高級車チャネル Lexus を設立したが、これは量
的拡大戦略の中でのことではない。81年以降輸出自主規制によって台数が
制約され、85年秋のプラザ合意で円高が急進する中で、日本製の輸出価格
の引き上げを目的にしてのものである。
また、現代は既に起亜というセカンド・チャネルを米国でも持っており、
今度が 3 チャネル目となる。米国で 3 チャネルを持つのはビッグ 3 以外
には昨年 Scion を立ち上げたトヨタしかない。チャネルの構築とハンドリ
ングはそれだけ難しいということである。
一方で、現代本社の戦略も理解できないわけではない。
現代は昨年世界販売台数第 7 位の 300 万台であったが、これを 2010年まで
に世界第 5 位以内、500 万台に引き上げることを長期戦略として掲げている。
世界で 500 万台を売るのであればそのうち 2 割を米国に依存するというの
は決して不自然ではない。昨年トヨタは世界販売 672 万台の 28% 相当の 178
万台を米国に依存している。日産の北米依存率は 37%、ホンダに至っては 52%
である。独占とはいえホームマーケットが日本の 5分の 1 程しかない現代が米
国依存率を現在の 13% から 20% に高めたいという戦略自体が非現実的とは思
えない。
また、二正面作戦(高級車チャネル)は、いずれはやらなければならないこ
とであり、コストはかかるだろうがその認識や覚悟を本社が持っていないとは
言い切れない。品質の代名詞であるトヨタですら米国では Camry までしか売れ
ないのが現実で、低価格イメージの浸透している現代ブランドのままではセグ
メント展開に限界があるのは間違いない。また、二正面作戦のコストを現地側
は心配しているが、日本車メーカーと異なり、現代は国内市場で独占の強みを
活かした高い収益力と財務基盤を持っている。米国での高級車チャネル構築の
原資を全く用意しないまま建てている計画ではなかろう。
このように本社と現地のどちらが正しいかといえばどちらも正しく、そもそ
もどちらかに軍配を上げるかという視点で見るべき話ではないようである。
とすると、この記事から学ぶべきことは何であろうか。
どこの会社にも見られる経営と現場、特に海外事業において経営側・本社側の
戦略と、現場側・現地側のオペレーションのコンフリクトを、いつ・どんな手
段で・どの程度まで解消し、統合していくかというプロセスである。
本件記事における双方の見解・主張にはそれなりの合理性があるにも拘らず、
筆者は何か異常なものを感じた。
現場が本社の方針に不満があるのであれば、社内で堂々と主張して信念を通
すべきで、社外の、それもプレスに対してこのような見解を表明していること
の異常さ、組織として成立しているのかという点への疑問である。
決して離反者を解雇すべきだと言っているのではない。社内でどうしても埒
が明かないためにプレスに緊急避難を求めたものではないかと想像しており、
問題は社内のプロセスにあると推定されるのである。
次の手続きがどれだけ踏まれたのかが焦点である。
●共通目的の設定
現代という企業やブランドが重んじ、米国を含めた社会に伝えようとする価
値やうれしさ(ミッション)は一体どのようなもので、そのために現代はど
のような企業であろうとするのか(ビジョン)という定義付けと、それが戦
略目標とどのような相関関係を持つものなのかという意味づけ。
「2010年 500 万台、世界 5 位以内」という戦略目標だけを提示されても、
多くの人がその数字が持つ意味を感じ取れないのではなかろうか。
●貢献意欲の醸成
定量目標達成のために投入される資源や役割・責任の配分や、それに対する
見返りが公平かつ合理的で割に合うものであるということの説明。
米国のミッションは極めて難易度が高い。その達成の役割や責任を現地に丸
投げするのではなく、内容的にも規模的にも質的にも必要なリソースとイン
センティブの用意があることを本社側は提示して、現地の Commitment を引
き出さなければならない。
●コミュニケーションの高度化と徹底
共通目的や貢献意欲、経営の思い・戦略や現場の現実・経験が相互に正確に
伝達され、高水準に維持されるための意思疎通をお互いに腹に落ちるまで繰
返すことが必要である。今回の場合は、現地側の理解を得ないまま本社側が
米国戦略として発表したことへの反発もあったようだ。
困難な課題に全社が一丸となって取り組まなければならない局面では、いつ、
誰に対して、どの順番で、どのような方法を通じて、どこまでの情報を伝え
ていくかというコミュニケーション・プランニングも極めて重要である。
以前本誌 vol.31 http://www.sc-abeam.com/library/kato/kato0031.html
に
て述べたことの繰り返しになるが、上記 3 つは組織成立の 3 要件である。
海外事業においては経営と現場の間に国内以上のコンフリクトが発生しやす
いだけに、組織成立の 3 要件に立ち返ることが重要になるだろう。 <加藤 真一> |